罪は時として幸せを呼ぶ
2014/04/13
珍しく、早く目が覚めた。いつもは太陽が一番高い場所にある時に目が覚めるというのに。
「ねぇ、レオン。あれ……レオン?」
隣で眠っていたはずの彼の姿がない。彼も同じように目が覚めたのかもしれない。一体どこへ行ってしまったのだろう。彼は吸血鬼だから、朝日が昇っている今は危険だ。
「……早く捜さなきゃ!」
簡単に着替えを済ませ、早足で歩きまわる。厨房も、書庫も、地下も、屋根裏も……どこにもいない。
「ソフィアー! こっちこっち!」
「ずっとそこにいたの? 駄目じゃない、南側のテラスだなんて」
「はは、ごめん」
この古ぼけた洋館で一番光が当たるのは、今ここにいる南側のテラスだ。何も知らずにここへ来た時には、故郷が見える安全な場所だった。そんな所に彼がいたら……と落ち込んでいたら、右手でぐいっと引き寄せられた。
「ほら見てソフィア。森の向こう側が光ってる……これが、朝日かい?」
「そうよ……綺麗でしょう?」
「君より美しいものは世界中どこを探しても見つからないよ」
満足げに笑う彼は、まっすぐ朝日を見つめていた。決意を固めたのだろう。もうすぐ故郷から討伐隊がやってくる。私が健康で居続けるために、畑や家畜を襲ってしまったから。
「……ソフィア。君は俺といて、幸せだった?」
「もちろん。生け贄って言われるのは嫌だったけど」
「ごめん。次は……次に会う時は、まともに生きてみるから。こうして幸せな時に、大好きな人と一緒で良かったよ」
朝日が二人を飲み込んでいく。石化した二人を風は砂に変えてしまった。
近所の資産家が新しい洋館を手に入れたらしい。とは言うものの、その資産家の娘と私は普段から親しい。だから今夜の記念パーティーに招待してもらえたのだ。
「ソフィア! いらっしゃい!」
「呼んでくれてありがとう」
「いいのよ! 今夜は楽しんでいってね!」
楽しめと言われても私の知人は彼女のみだ。彼女も世間体を気にしているのか、客人に声を掛けてまわっている。この雰囲気は苦手だ。逃げるように大部屋を去った。
「お嬢さん、どうされたのですか?」
「あ……いえ、私、こういう場に慣れてなくて」
顔を上げ、思わず息を飲んだ。相手も大きく目を見開いている。どこかで会ったことがあったろうか。そのような憶えはないが、初めて会った気がしない。じっと見つめて思い出そうとすると目が合った。
「ふふっ。よろしければ外に出ませんか? 満月がよく見えるテラスがあるんです」
「それは素敵ですね。行きましょうか」
手を引かれ、南側のテラスへ向かう。遠い遠い昔に吸血鬼の脅威に晒されたという街が森の向こうに見える。あの街から生け贄として差し出された女性と吸血鬼の魂が憑依するとかで、彼らの血を引く子が生まれるからと森に行くのを禁じられていたな。
「前にも誰かとここに立ってた気がします。不思議ですね……昔話を思い出しちゃいました」
「そうですね。それでも彼らの魂によってあなたと会えたなら、嬉しい話です」
「もう、おかしなことを。自己紹介がまだでしたね。私はソフィアと申します……!」
名前を言い終えるのと同時に、強く、それでいて優しく抱き締められた。
「俺の名前は……レオンだよ、ソフィア」
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