高校生活最後のインターハイが終わって間もないある日、手嶋純太は私のことを好きだと言った。一年の時からずっと気になっていた。気が付けば苗字のことが好きだったのだと。私は彼の気持ちをずっと前から知っていたし、私もまた彼のことを好きだったので断る理由なんてない。考える間もなくするりと出てきた「私も好きです」という返事を手嶋は見越していたみたいで、肩をすくめて笑ってみせた。「よかった、やっぱりだった」と。そうして二人で笑い合ったんだ。心が幸せで満たされる中僅かに感じたのは、ああ、漸くだ、という気持ちで。それもそのはず、この三年間私と手嶋はお互いが思い合っていることを自覚しながら学校生活を送っていた。彼は自転車の為にその全てを捧げていた。そこに私が入る余地などなくて、でも密かに思い合っていたことをお互いがほんのりと感じ取っていたのは、例えば頻繁に目が合ったり、何でもないことをわざわざ話しかけに行ったり、自由席の授業では何となく近くの席を取ってみたりといった普段の行動の何気ないほんの一部が理由だった。お互い意識させるようなことをしていて、それでも私たちはそれ以上の行動は何も起こさずにいたのだ。手嶋は手嶋で部活のことで精一杯だったのだろうし、私もそんな手嶋に何も求めてなどいなかった。特に前三年の先輩が引退した後からの彼の頑張りというのは本当に計り知れなくて、彼がどれだけのものをインターハイに掛けているのかということを人伝にだけど聞いていたから充分に理解をしていた。邪魔をしてはいけないと思っていたし、私も手嶋ほどではないけれど部活に一生懸命励んでいたから手嶋との時間なんて作れそうにはなかったんだ。私は一足先についこの間部活を引退したのだけれど、本当に、本当に長い三年間だった。過ぎてみるとあっという間という感じもするけれど、部活ではいろいろと問題も起きたりしてまとめるのは本当に大変だった。けれどこと恋愛に関して言えば手嶋が私を意識してくれているのは知っていたし、私も手嶋を諦める理由なんてなかったからこの片思いを辛いと感じたことはない。手嶋も、きっと同じ思いなのではないだろうか。

「オレは結構つらかったかも。苗字ともっと話したかったし、カラオケとかにもすっげー行きたかった」
「…そっか。全部我慢してすごく頑張ったんだね、自転車」

 オレンジ色が眩しいくらいに差し込む教室の中、私の前の席を我が物顔で陣取っている手嶋は小さく声を立てて笑った。やりきった顔してるなぁ。インターハイ前はずっと怖い顔をしていたもの。プレッシャーと一生懸命戦っていたんだろうな。全国大会に出るだけでもすごいことなのに、その中でも一番を狙ってこの一年休むことなく頑張り続けたんだ。ホント偉いよ。すごいよ、手嶋は。
 ふわふわとした頭に触れると、手嶋は一瞬だけ面を喰らったような顔をした後それを誤魔化すように笑ってみせた。「労ってくれるの?」「当たり前だよ。すごかった、手嶋かっこよかった」インターハイで手嶋が走る姿を見てきたわけでもないのに、この言葉は変だろうか。でも、本当にそう思ったのだ。手嶋はすごいし、確かにかっこよかった。私が見てきた誰よりも努力をして考えて自分に厳しくあり続けていたと思う。普通はね、そんなことできないんだよ。手嶋はすごいよ、本当にかっこよかった。この三年間、ずっとずっと。ふわりふわりとその触り心地を確かめるように手を動かすとどうやらまんざらでもないよう。恥じらい半分に身をよじって、嬉しそうに顔を綻ばせた。あ、可愛い。手嶋ってこんな顔するんだ。結果的にとはいえ三年間も両想いだったくせに、初めて知った表情一つでこんなに嬉しい気持ちになれるなんて。私も現金なヤツだなぁ。

「よく頑張りました、純太」
「ははっ、おまえも部活よく頑張りました。名前」

 手嶋がたくましくなった腕を伸ばして、私の頭を優しく撫でた。あー嬉しい。幸せだなぁ。手嶋にこんな風に労ってもらえるなんて光栄だよ。三年間、頑張ってきてよかったなぁ。

 ああ、卒業の日は近い。