長いキスに息が漏れる。全てを食らいつくさんとするコイツのキスは青八木とは違う。彼よりもっと荒々しくて、不作法で、でもアタシを心から欲しているとわかるキス。角度をつけて、アタシが息つけないように何度も、何度も。


「っは、」


やっと解放された瞬間大きく息をつくと、手嶋は余裕に満ちた笑みを浮かべた。耳元に熱い息を吹きかけるように、掠れた声を流し込む。


「あんまり声がでかいと聞こえるぜ?ここはちょうどロッカーの真裏だ。」


練習後の部室裏。言われてみれば、確かに壁一枚はさんだ向こうは青八木のロッカーだ。今頃手嶋とは別練習を終え着替えていることだろう。アタシたちの、すぐ後ろで。


「……性格悪、」


呟くとまた手嶋は満足そうに笑ってアタシの唇を塞いだ。熱を持った彼の舌が歯列をなぞる。鼻をつくのは青八木とは違うシャンプーの香りだった。馬鹿だな、と独り言ちて、だんだんと迫る快感に委ねるためにキスに没頭する。手嶋とのキスは、不思議と気持ちいい。


アタシと手嶋がこんな関係になったのはついふた月前だ。彼氏である青八木の親友だということは知っていたから、お互い抵抗なく親交は深まった。青八木の帰りを待つ暇つぶしに、ちょっと誘ってみたら意外とのってきて。青八木の目を盗んではこうして唇を交わし、体を交わし、快楽を貪ってきた。最初は冗談のつもりだったけど、次第に本気になっていく手嶋につられるようにこちらも燃え上がり、体を重ねる回数は手嶋の方が多いくらいになっている。

彼氏の親友とこんな関係になっている背徳感、ばれないかというスリル、青八木への罪悪感……すべてが恋愛のスパイスになって、麻薬のようにアタシを侵食していた。青八木と愛を語らう時も、頭の片隅には手嶋がいる。逆もまた然りだが、どちらをとるかと言われれば迷うことなく青八木を選ぶ。手嶋は、青八木との愛を確かめるための便利な道具でしかないのだ。


帰り支度を整えた二人が部室から出てくる。天気の良い土曜日、彼らは練習を、アタシは補講を終えて三人で昼食を食べに行くことになった。こうして三人でいるときは他愛のないお喋りをするただの友達だ。アタシは勿論、手嶋も何かをにおわすような行為は決してしない。だってアタシたちは、青八木が何より大切だから。


「でさ、今度行くライブがさ、倍率すごくて……」


食べ終わったバーガーの残骸を前に、三人で笑い合う。くしゃりと丸められた包装紙と一方で綺麗に畳まれた包装紙は二人の性格を表すようでおかしかった。どっちも好きだけどね。


ふ、と下げていた右手があたたかい何かに包まれた。できるだけさり気なくそれを見やると、右隣の青八木がアタシの手に指を絡めているのが見える。少し緊張しているのか、テーブルの下で握り合う手はいつも以上に熱かった。


「へえー……アタシライブ行ったことないから、今度行ってみたいなあ。ね、青八木?」


話の流れで彼を振り向くと、驚いたように頷いてくれる。繋いだ手に意識を持っていかれていたのだろう、きっと何も聞いていなかったはずだ。証拠にほら、耳と頬がほんのり赤い。そんな純情な彼だから、興奮するのだ。


アタシはこの人を裏切っている。純粋にアタシを信じ切るこの人を裏切っている。手をつないだだけで喜んでしまうような、こんな無垢な青八木を。


ぞくりとした快感が背中を走ったその時、向かいに座る手嶋が何かを含んだ笑みを浮かべた。音を出さずに唇が言葉を紡ぐ、「エロい顔」。うるさいな、そうだよ。だって今、無性にアンタに抱かれたい。


知らないふたりであるように
(歪んでることはわかってる)