速報です。我が自転車競技部の部長である手嶋純太くんが、たった今、失恋しました。しかも、わたしの目の前で。一くんがお手洗いで席を外した一瞬の出来事でした。苛立ったような純太くんの背中と、涙を堪えてその場から立ち去る女の子。わたしはただただ呆然と、給水タンクの影からその一連の流れを見る羽目になってしまったのです。

「出てきていいよ」

女の子が屋上を去って数分。こちらに背を向けたまま、やっと純太くんは口を開いた。どかっとその場に座り込んだ彼のオーラはまだ少し苛立っているようだ。わたしは今にも袋から滑り落ちそうになっていたお弁当箱を抱え直し、いそいそ元居た純太くんの隣へ戻る。俯いててよく分からないけれど、ふわふわした彼の髪の毛の隙間から見えた唇は、少しだけ拗ねたように尖っていた。

「悪ィな、昼メシ中に」
「ううん、べつに…。まあ、びっくりはしたけど」
「だよなあ」

ははは、と乾いた笑いを交えて話す純太くん。そんな彼に上手く声がかけられず、わたしはお弁当のウィンナーを口に放り込んだ。

本当に急な出来事だったんだ。純太くんと一くんとわたしの三人でミーティングを兼ねてお昼ご飯を食べていたら、純太くんのスマホに彼女から『大事な話がある』と連絡が来て、空気を読んだ一くんはお手洗いに行き、運悪く機会を逃したわたしは純太くんの指示で給水タンクに隠れる事となった。そこからはお察しの通り。

ただ、さっき失恋しましたと言ったけど、別に純太くんが告白して振られたワケではない。純太くんが告白されて振ったのだ。じゃあどうして失恋なのかというと、実は純太くんもその子の事が好きだったからである。周りから見ても分かるくらい彼らは好き同士だったし恋人になるのも秒読みだと言われていたけれど、純太くんはずっと自分から告白するのを我慢していた。それは、恋愛よりも大事なインターハイを控えているからだ。彼にとって最初で最後のインターハイ。この三年間、来るべき日の為に死に物狂いで練習に励んできた。部長として、レギュラーとして、今まで築き上げてきたものたちを、色恋に邪魔をされたくなかったんだ。だから純太くんはそれを遠回しに女の子に伝えていたし、女の子もちゃんと分かっていると純太くんは思っていたに違いない。「インターハイが終わったら」彼の口癖だったらこの言葉が、まさかこんな形で終わりを告げるなんて。わたしはおろか、純太くんですら予想していなかっただろう。

「…余計なお世話かもしれないけど」
「ん?」

ずんと重くて気まずい雰囲気。ぽちぽちスマホを触る純太くんは、きっと一くんに終わったよって連絡をしている。

「あんなハッキリ断らなくてもさ、インハイが終わるまで待っててもらうとかでも良かったんじゃ、ないかなって」
「んー…」
「純太くんの気持ち、部員は分かるけどね。でもインハイ待ってる間に他の子に取られちゃうかもって焦る気持ちも、分からなくはないな、わたし」
「そんなもんなの?」
「そんなもん、だよ」
「優しいなあお前」

可笑しそうに笑う純太くんの手がわたしの頭をくしゃくしゃ撫でる。

「それもアリかなってもちろん思ったよ。でもさ、あの子からすれば『今』がタイミングだったんじゃねえかなって」
「いま…」
「だとしたら、きっとインハイまで待ってもらったとしても、上手くいかねえよ。もうズレちまったんだ。残念だけど」
「純太くん」
「青八木、遅いなあ」

あの子は純太くんのどこを好きになったのかな。優しいところ?笑顔が素敵なところ?あの子は知ってるのかな。今、無理に笑顔を見せている純太くんが、すごく傷付いていること。給水タンクの影で、わたしがホッと胸を撫で下ろしたこと。良い子ちゃんぶってる裏で押し殺している感情があること。ごめんなさい。純太くんとあの子の邪魔をしていたのは、タイミングとかそういうのじゃなくて、わたしの気持ちだったのかもしれない。