私は所詮独占欲が強い人間、というよりは我が儘で意気地なしで駄々ばかりこねているような幼稚な性格なのである。これと言って頭がよくないことを自覚している私は、どうも私の欠点ばかりが気になって仕方がなく、でもこの欠点を人に指摘されるのが嫌いで、また駄々をこねて…。という悪循環を繰り返していた。
そんな私にたいして私の大嫌いな彼はいつも言うのです。


「もう子供じゃないだろ」


たまたまその日は私の大好物のメロンパンが購買で一個しか売っていなくて、我先にと買ってお昼に食べようと取っておいた矢先にそれはすでに彼、青八木の胃の中へとおさまっていたのだった。ひどいひどい!と所詮嘘泣きに近い(いや、よくスーパーで見かける母親に「これ買って!」と駄々をこねる子供のような雰囲気のような)ことをしていた時に投げかけられた言葉がこれだった。
青八木はいつもクールに決め込んでいて、雰囲気もミステリアスというよりも大人びた印象が強いからなのか、この時の私は青八木に対してひどい劣等感を感じたのだった。しかしその劣等感は次第にふつふつと怒りへと変わっていった。このときは怒りの沸点が低かったのか、生理中あるあるの一つであるイライラしやすいのが重なったのか、いつも青八木に言われ続けるその言葉にうんざりしたのか、いやきっとすべてにおいてなんだろうけれども、どうしてもいてもたってもいられなかった。


「青八木にはどうせわかんないよ」

「なんで?」

「青八木は私と違って大人なんだもんね」


周りから見れば、たかが菓子パンひとつでそこまでへそを曲げるものなのか、なんて思うかもしれないが、これは私にとってはとても重要な問題だった。青八木は少しだけ困ったように眉を下げたが、とてもとても私は許す気にもならなければ、今まで積もり積もったストレスを発散するような口ぶりで次々と悪態をついていった。


「確かに私は我が儘だし、駄々こねたりするし、甘ったれだし、自分の思い通りにならないとすぐへそ曲げるし、今だってメロンパン一個でこんなに怒っててバカみたいって思ってるんでしょ?べつにいいもん、どうせわたしはおこちゃまだもんね」


ぷいっとそっぽを向いた後に、一息で言葉を吐いたな、なんて我ながらに思ったけれども、それ以上に私は青八木を困らせる発言をしてしまったことを後悔してしまった。これじゃあ本当に駄々をこねているだけの子どもじゃないか。
うつむいたまま黙りこくっている私を、きっと青八木はめんどくさがっているに違いない。もう大概にしろ、だなんて怒ってるに違いない。きっとそうに決まっている。
彼の口からはぁ、と重たい溜息かこぼれた。もう愛想つかされてしまったんじゃないかと思うと心臓がギリリと痛んだ。普段から無口な青八木から、我慢ならんくらいの罵声が浴びせてくるかもしれないと、ぐっとこらえて目をつむっていた。


「……苗字」


ああなんとなく察してしまった。彼はきっと怒っている。いろいろな感情がつめこまれている声音に、私は一瞬びくりとして、両手をぎゅっと力強く握った。


「確かに苗字は子供だけれど、俺だって子供だ」


予想を裏切る言葉に、私はばっと顔を見上げた。そこには気まずそうな顔をしている青八木の姿。あー、とかうーん、とか。口下手な彼だからきっと言葉を選びながらに思案しているのだろう。苗字、と彼がぽたりと声を上げたものだから、なに?と受動的に応えてしまった。「俺は、苗字のもってたメロンパンがおいしそうだったから食べちゃったし、食欲、というより、なんとなく独占欲の方が強くて……」


私には青八木が何を意味していっているのかは分からないけれど、取り敢えずメロンパン食べちゃってごめん、という意味なのだろうか?「うん」と相槌を打つと、青八木はまた言葉を一つ一つ考えながら、ゆったりと話し出した。


「……簡潔にいえば、苗字が駄々こねてるところが見たかった、というか」

「え」


何を言いたいんだろう青八木は、と思っていたら、今度は私よりも少し大きな、男の子らしいごつごつした手が、私の手をそっと包み込むように握ってきた。この行為を理解するのに、馬鹿な私の頭はキャパオーバーかもしれない。


「子どもみたいな苗字が好きだから、俺だけにそういうところを見せてほしいと思った」


俺、独占欲が強い方なんだ、なんていう彼は、子どもっぽくて駄々をこねて幼稚で意気地なしなわたしが好きだと、今そういったのか。きっと私は赤面しているだろう。青八木のほほもほんのりと赤みがかっていたから。
私は精いっぱいの照れ隠しのつもりで彼に向けて言葉を放った。


「どうでもいいからメロンパン返してよ」


大嫌いな青八木が「子どもっぽい私」が好きなら、子どもなんてやめてやる。