act.7
乾燥ワカメには海水を
「律、それとって」
「はいよ。あ、精市サーブ打つときにさー……」
コート脇のベンチで休憩しているのは、部長に律先輩。なんか、
「めちゃくちゃ仲良くなってるよな。てか息ぴったり?」
「やっぱり丸井先輩もそう思います?」
「幸村が女子を名前で呼ぶなんて滅多にないしな。てかお前んとこ大丈夫なのか?」
「まあまあなんじゃないっすか」
俺は女テニの1番上手い人をパートナーに選んだ。部長もしてるのに頼んでみれば、ふたつ返事で、そんときはラッキーて思ってた。
上手いんだけど正直ペアとして相性は最悪。なんつうか、意見があわないっていうか。最近は喧嘩ばっかり。
あー、はいはいわかりましたよ。今戻りますって。んな怒ってたら真田副部長みたくなりますよ。
「律、今の感じだよ」
「わかった……ハッ!」
隣から聞こえる心地よいボールの音。初心者がこんな短期間でここまで打てるようになるなんて正直驚いてる。て、ゆーか無理だろ。
「俺らのが技術あるのに、なんで上手くいかねぇんだよっ…」
もやもやした気持ちを抱えたまま、俺はひたすらボールを追った。
「切原くん、お疲れ様」
練習を終えて、ベンチでぼーっとしてたら律先輩がタオルをかけてくれた。お礼を言ってタオルで汗をふく。
「なんか浮かない顔してんじゃん」
「律先輩はなんで部長とペア組んだんすか?」
そうだなー、と先輩は俺のとなりに腰をおろして空を見上げた。
「あたし初心者で別に上手いわけじゃないもんね」
「すんません、俺そういうつもりじゃなくて……」
「いいよ、気にしなくて。
でもね、精市がたくさんの人を見たうえであたしをパートナーに選んだ。
それにはなにか理由があるんじゃないかな?
だから、あたしが精市やみんなの力になれるならなりたいと思ったんだー」
自信はないけど、と言って笑う先輩がすごく大きな人にみえた。
きっと誰よりも不安やプレッシャーが大きいはずなのに、部長や俺たちのことを1番に考えてくれてる。
「実は俺んとこあんまうまくいってないんすよ。最近は喧嘩ばっかで……」
ぽつぽつと話しだした俺の話を律先輩は黙ってただ聞いてくれた。
「俺、どうしたらいいんすかね……」
「ちゃんと相手のいいところも悪いところも見てあげて」
「えっ……」
いつもとは違う凜とした律先輩の声にとまどった。
「切原くんたちのはさ、ただ自分の価値観を押し付けあってるだけだよ。ちゃんと相手の意見も受け止めてあげないと。
そのうえで本気で相手にぶつかっていかなきゃ、相手がなにを考えてどうしたいのかなんてわからないよ。
わからないならわかるまで話せばいいし、時には喧嘩したっていい。
歩みよろうとしなきゃなにもはじまらないよ。はい、おしまい!」
くしゃくしゃと頭をなでられ、ワカメワカメと騒ぐ律先輩。
なーんか今なら部長が選んだ理由が少しわかった気がする。
「ちょ、ワカメじゃないって何回言わせるんすか?!」
「なはは、いつものワカメ切原くんだー」
笑いながらそのまま律先輩はコートをでてった。俺は先輩に向かって頭を下げた、感謝の気持ちをこめて。
「ありがとうございました!俺頑張るっす!」
後ろから聞こえる声にあたしは手を振ってコートを後にした。
「ありがとう、赤也が世話になったね」
「なんのことー?あたしなんだかお腹空いてきちゃった」
「ふふ、駅前に新しいクレープ屋さんできたんだけど行く?」
「行くっ!あたしあそこまだ行ってなかったんだよね」
着替えてくる!と走っていく彼女を見送った。
おいしそうにクレープを頬張る律の姿が目に浮かんで、少し笑った。
110213
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