私の世界は真っ暗な暗闇。
開かない瞳が映すのは色のない塗りたくられた黒だけ。
眠っているのか、起きているのかもわからない。

だから私は毎日、眠るのが怖い。
いつもの暗闇の世界に意識なく堕ちていって、帰って来れなくなったら嫌だから。
生まれつき盲目である私の世界に色がつくことは、多分一生ないのだろう。
でも、そんな私を分かってくれる人が1人だけいてくれる。

枕元に昨日の夜から用意していた服を手探りで探し、着替えを終えてから。
私の1日はまだ始まってない。


『マスルール』


小さな声でその名前を呼んでみる。


「…おはよう」
『マスルール、おはよ』


数十秒と待たない間に扉の開く音と少し眠たげな声が降って来た。
(ノックしてって言っても治らない彼の癖はもう諦めた)
寝てたのかな、と思うとちょっと申し訳ないけどこうして来てくれるのが嬉しくて。

こんな小さな声でも、拾ってくれる。

朝の挨拶。
私の1日が今日も始まるっていう証。
その証をくれるのはいつも彼だった。


「行くか」
『うんっ』


そう言ってマスルールは私の体を抱える。
逞しい片腕に座るような形になり、これまた逞しいマスルールの肩に支えとして手を置いた。


『朝ご飯食べた?』
「…さっきお名前の声で起きた」
『……ごめんね』
「気にしてない」


昔からそう。
目の見えなくて、生きる希望すら見いだせなかった私に世界を与えてくれたマスルールは私に1つも文句を言わない。
路頭に迷うとでも言おう私をまるでその辺にいる猫を拾うかのように。


―「あなたは…また何を拾ってきたんですか」

―「…放っておけなかったんで」


マスルールのお馬鹿さん。
拾ってくれた恩人に何を思うのかと思うけど、やっぱりマスルールはお馬鹿さんだと思う。

こんな面倒なことこの上ない私を。
世界の色を知らない、真っ暗な私を。
なんのことも無く拾ってしまった彼は、天性の天然かお馬鹿さん。
(そうじゃなかったら私が今ここにいないっていうのがこれを言葉にできない理由)

すれ違う人達と挨拶を交わして、ぺたぺたとマスルールが歩く音が聞こえる。
どこか五感が使えないと他が敏感になるというのは、多分本当なのだと思う。
生まれつきだから比べようはないけど音や匂い、気配は人よりも敏感な気でいる。


『マスルールまだ眠いでしょ』
「…まぁ」

『あそこまで行ってくれたらまた寝てていいよ?』


私が起きてから絶対に行く場所はマスルールのお気に入りの場所でもある。
王宮から出たのだろう、風の感じ方が変わった。
ならマスルールの足ならもう少しで着く。


「…あそこでお名前の隣で寝る」
『うん』

「もう着くぞ」


さわ、と風がまた違う音を運んできた。
森っていうものを風が揺らす音。

私には分からないけど、きっと綺麗なんじゃないかって勝手に思ってる。


「…着いた」
『ありがとマスルール』


足を付けばさくりと芝を踏む音がなって。
なんとなく感じる空気は清々しい。

マスルールもあまりうるさいのは好きな感じじゃないと思うけど、私も静かな方が好きな部類だ。
森の自然が産んだ芝に座り込めば隣にマスルールが座った音。

やっぱり、眠かったのかな。
それなのに私の声で起こしてしまったのなら本当に申し訳ないと思う。
なんでもファナリスという身体能力が人間離れした人種だと言う彼は本当に私にいろんなことをしてくれる。


『ねぇマスルール。私、迷惑じゃない?』


本当にそれだけが不安で。
いつか彼に捨てられる時が来てしまえば、ただでさえ真っ暗な私の世界は崩れ落ちてしまう自信があるから。

でも、次に感じたのは冷たい声でもため息でもなく、私の膝に感じる頭(と思われる)感触だった。


「お名前の目になるのが俺の1日だ」


そう言ってすぐに小さな寝息が聞こえてきた。
…目になる、なんて言った貴方が目を閉じてどうするの。
なんて込み上げてくる笑いを声に出して。

私は膝に感じるマスルールの重みと共に、静かに降り注ぐ自然を感じていた。






貴方の世界は何色ですか

(私には、世界を色付ける何色にも感じるのです)

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