彼と私は世間でいう同期、というような関係に当たる…のだと思う。
同い年で昔はよく一緒に遊んでいたような記憶があるけど、彼の記憶に私がいるかどうかは危ういところ。

いまや彼…もとい李青舜くんは第一皇女である白瑛様の付き人。

私は煌帝国の一兵士の中の1人でしかない。
数多い軍人の中の1人。それも女となると力の差は歴然なところもありどうにも私は覚えが悪いらしい。
いくら剣を振るえど力は伸びず、かといって今更下女のように水仕事に走る気にもなれないのが事実。

昔から恋をしていた青舜くんは今や遠い人になってしまった。

でも、白瑛様といると無事が確認できるだけ嬉しい。
そして時に宮殿内で姿を見られたらラッキーかな、なんて。


『この距離は一生変わらないんだろうなぁ』


彼からすれば顔を合わせれば思い出すような関係でしかないのかもしれないけど。
私からすればそれは胸を弾ませるような甘い1ページだなんて。

そんなベタなれないがしたい訳じゃなくて、ただ少しでも近付ければいいのに。


『あー、もう』


邪念を振り払うように剣を振るっていた手を止めて、私は中庭に大の字で寝転がった。
汗で少し張り付いた前髪を右手で掴んで邪魔にならない横に払う。


『………あ…!?』


疲れで閉じていた眼を開けた時。
吹き抜けている中庭は王宮の廊下からは丸見えで、そして私の視線の先には愛しいあの人。

バッと体を起き上がらせてもう一度上を見れば彼は笑いながら柵を乗り越えてこちらに降りて来ていた。


「お疲れ様です名前」
『おっ、おつかれさま青舜くん!』


汗だくになっていたところを見られたことより、青舜くんに名前を覚えてもらっていたことに舞い上がって声がひっくり返ってしまった。
笑っている青舜くんの笑みが深くなる。

あぁもう私ったら決まらないな…!


『私の名前覚えてくれてたんだね』
「忘れませんよ。昔から貴方は何も変わってませんから」

『…ちょっとは変わってる気でいたんだけどなー…』


嬉しいような、悲しいような。
やっぱり青舜くんの中の私は変わってないのかと思うと何とも言えない気持ちになった。


『青舜くんはさ』
「なんですか?」
『誰かとの関係を変えたいって思ったことある?』
「関係…ですか?」

『良くも悪くも変わっちゃうなら勿論よくしたいけどさ、それで失敗するぐらいならいっそ変わらない方がいいかもって思っちゃって』


動き出さなければ始まらない。
分かっていても動けない私は臆病ものだろうか。

それでも、目の前にいる彼の心は遠い気がして。


「そうですね……」


真剣に悩む青舜くんは一体何を思って私の今の質問を考えているのだろう。
私にさっきの質問の答えは出せない。
思ったことはあっても何も行動に起こせない。そう思って何年経っていることか。



「私なら…変えたいと思うんじゃなくて、変えて見せます」

『……へっ、』



青舜くんの心地いい声がすぐ耳元くらいで聞こえてびっくりしたと思った以上に私が驚いたのは、私の頬に触れた暖かい感触で。


「今までの事は今までの関係ですけど」

『青舜…くん?』

「私は、名前との関係を諦める気はないですから」


さようなら、遠くから彼を見ていた私。
そしてこんにちは。一歩彼に歩み寄る私。

もらった言葉は私の勇気に変わり、今。私は彼に言葉を投げかけるのだった。





さよならのキス
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