ぎゅっと抱きしめられた腕はたくましく、この腕に包まれている間だけは私は彼のものになれる。

でも私は今ここにいるべき人間ではない。
煌帝国ではない、他国の皇女である私にはこの距離が限界なのだ。


『紅炎様』
「なんだ名前」

『…そろそろ戻らねばなりません』


1日の面会時間は決められている。
決められた時間と言うものがもどかしい。
本当は彼の隣に立ってずっとここにいたいというのに、それは許されない身。

いつか彼の隣に立てる日はくるのだろうか。
もしかしたら来ないかもしれないし、私の姉がこちらに嫁ぐかもしれない。
そうなったとしても今ここにいる事実だけは焼き付けていたい。

戻らなければ、と言いつつ私に回された腕が振りほどけないのは自分の意思。


「明日はいつ会える?」
『明日は…きっと夕刻ごろには訪れますわ』


それまでお預けをくらうのは、お互いだというのに。
それでも同じ宮殿内で過ごしているというのは余計にもどかしい。
いくつかの壁を隔てた先に私の求めている熱はある。

恋というものは許されないことに背徳感を感じても、譲りたくない感情だと思う。
とても厄介で、でもそれを心地よくも感じる。


「……」
『紅炎様…?』

「…実に馬鹿げた話だと思わないか」
『え?』


抱きしめられた腕に力が入るのがわかる。
でも言葉の意味は私の頭の中で噛み砕くことはできなくて。


「煌帝国の第一皇子たる俺が、ただ1人の女に心を奪われ毎日枯渇した思いをしている」

『!』


あぁ、私のような女が出しゃばってしまったのかと。
紅炎様の言葉に思わずびくりと肩が揺れた。

まさか、ここで私は捨てられるのか。
いつかは訪れるかもしれないと思っていたこの日が、訪れてしまうのだろうか。


「名前?」
『あ……その、私ったら出過ぎた真似を…』

「…なぜ泣くのだ」


勝手に流れてきたそれを止めることなんてできなかった。
待って、せめてここを離れるまで、と思ったけど私の心は感情に素直で。

優しく掬われる涙。
そんなに優しくされたら離れたくなってしまう。



『ご、ごめんなさ……っ、…!』



慌てて自分の着物の裾でごしごしと涙を拭いごめんなさいと謝るしかなかった私の腕を掴んだ武骨な腕。
え、と驚く暇もなく押し当てられた唇は思ったよりも柔らかかった。

離れていく紅炎様の端麗な顔。その近さに驚いたのか私の涙は止まる。



「……俺は、名前が泣こうが喚こうがお前を自分のモノにする」
『…え…?』


「俺のモノになれ、名前」



まっすぐな物言いは彼の心を表している。
そして、私はそんな彼に惹かれたのだ、首を縦に振らないわけがない。


『私なんかで…よろしいのですか?』

「名前なんか、ではなく名前がいい」


そう言ってもう一度口付られたそれは、先程よりも少し荒々しかった。






強引なキス
_