沢山の人を率いて帰ってきた、この国の皇子。 名前は無事に帰還した彼の姿を一目見ようと重い着物を引きずるように走っていた。 この前遠征に行ったときは何か月も帰って来なかったものだ。 愛する者の姿を見ることができないのはとても辛いことなのだと、名前はあの時初めて知ったように思う。 『白龍様!お帰りなさいませ!』 「名前殿!」 扉もノックしないとは不躾だっただろうか。 しかし止まることのなかった名前は扉を開いた先にいた愛する彼の胸に飛び込む。 白龍も決して嫌な顔はせず自分の胸に自ら飛び込んできた愛しい彼女の姿に穏やかな表情を浮かべた。 「遠征より、ただ今戻りました」 『お会いしたかったです白龍様』 「俺もです、名前殿」 婚約者である2人の間にそれ以上の理由はいらない。 『お怪我はありませんでしたか?』 「今回は夏黄文も同行していたので、大体の傷は癒してもらっています」 『そうでしたか。大事に至らぬようで何よりです』 剥き出しの腕に小さな傷は見えど、大きな外傷は見られない。 よかった、と胸をなでおろす名前を白龍は更にきつく抱きしめた。 最初は政略結婚の相手でもあった互いを良く思うことは少なかったが今となってはもう自他共に認めるほど互いに溺れている。 それ程幸せなことがあろうか。 だが愛し合えば愛し合う分、離れている時間はもどかしい。 いつか読んだ書物に会えない時間は愛を深くするとあった。 理屈ではなるほどと理解して噛み砕いたとしてもやはりこの手でこの腕で相手に触れたい、抱きしめたい。 『…私は欲張りですね』 「名前殿?」 『こうして白龍様が無事に帰って来てくれるだけで十分だというのに…それ以上に貴方を欲してしまう』 この戦乱の中、いくら皇子だとは言っても命の重さは平等である。 少しでも油断をすれば今目の前に彼はいない。 そう思うと寒気すら過るというのにそれ以上に彼を欲してしまう浅ましい自分。 「…そう思っているのは名前殿だけではありません」 『え?…、あ』 抱きしめた腕の力が緩み、離れた体はもう一度距離を0にする。 口ではなく額に触れた唇は温かく、視界に映る白龍の顔は赤くなっているように見えた。 「俺も…」 『白龍様…?』 「俺も自分が思っている以上に名前殿を心酔しているようです」 だからこうして、あまり得意でないスキンシップを自分から行う。 行動にするのも言葉にするのも 全てが難しいのであれば少しずつでもして欲しいと願う。 そう思うことは贅沢だろうか。 『ふふっ、大好きです。白龍様』 「…俺は愛しています、名前殿」 不器用なキス _ |