私の恋の始まりはとっても少女漫画のようで、しかし単純なものだった。

あれは私がこのシンドリアの王宮に仕官し始めて数日しか経っていないころの話。
まだまだひよっこで覚えることも多く、やることも多くい私にはまともに休む時間などなく。

やっと休めたと思った挙句に次の日起きたら見事に始業の時間で。
女としてどうなんだと思われようが仕事を優先した私は髪もぼっさぼさのまま化粧もせずに部屋を飛び出した。
文官である私に体力などある筈もなく見事に息を上げながら走る廊下はとても長く感じる。
こんなときは自分が運動音痴なのをひどく妬みたくなる。


『あっ……!?』


そしてこの階段を下りれば白羊塔というところまで差し掛かった時、ついに私の体力の限界が訪れてしまったらしい。
もつれた足で自分の足を引っ掛けて階段の結構な高さから私の体は宙に放り出された。

運が良かったのか悪かったのか
走馬灯のようにスローモーションで見えた階段の下には、私の上司でもありここ数日私の世話をしてくれていた人の1人の姿が目視できた。


『ジャーファルさん避けてくださぁぁぁい!!』


その彼が振り返ったのは見えた。
しかし私が落下している最中、もう頭が働くほどの時間はなくて。

次に来る衝撃に備えて思いっきり目を瞑り、大怪我もしくは打ち所が悪ければ死ということを覚悟する。
あの一瞬は私の今までの人生で一番長かった時間だと思う。


『……!?』


なぜか痛みを感じず、包まれたのはあり得ない程の衝撃ではなく暖かい感触。
一番理解が追い付かなかったのは唇に感じるその感触で。
え、とゆっくり開いた目の前に広がる視界は整った私の世話係。
彼の抱えていた書類が全て舞っていて辺りの視界は全て遮られ目の前の彼しか視界には入らない。


「……大丈夫ですか?」


離れた唇から紡がれた言葉と零れた笑顔に、私の恋は始まったのだった。










『……きっと事故として処理されてるんだろうなぁ…』


思い出しながら私はまたあの日のように廊下を走っていた。
仕事に慣れてきた今日もそんなこと関係ないと言わんばかりに私の中の睡眠欲は欲望に忠実だった。

ただでさえ変な印象が残ってるかもしれないのにこれ以上悪い印象をつけるのはさすがによろしくない。

あの日から少し変わったことは私の体力が少しついたということだろうか。
自分の部屋から白羊頭まで全速力で走っても吐き気がするまでにはならなくなった。
文官の仕事はある意味その辺の兵役より辛い気がする。
(まぁ兵役なんてしたことないからわからないけれど)

そして気持ちを切り替え今日もジャーファルさんの元でお仕事だ、と思ってあの階段に差し掛かった時のこと。


「にゃぁ」
『へっ……!?あ!?』


足元か聞こえた鳴き声に目を奪われた隙に私の足は見事にスリップ。
ちょっと待った思う暇もなくあの日のデジャヴと言わんばかりに私の身は投げ出された。

バカバカバカ自分のバカ。
慣れてきたと思った時ぐらいが一番油断して危ないというジンクスは私にも当てはまることだったらしい。
これで怪我したら今度は体力の次に受け身の練習でもしてやろうか、とヤケになって目を瞑って次の衝撃を待つ。



「…あなたは何度上から降って来るおつもりですか?」

『……え?』



これまたデジャヴを感じる、暖かい感覚。
しかしあの時よりジャーファルさんの腕は私の体を抱きしめたまま離さない。


「今度は偶然なんかじゃないですから」
『ジャーファルさん?』

「事故だった、だなんて言わせません」


また舞い散らばった書類の雨で映ったジャーファルさんの瞳が私を捉え、そして私の唇は奪われた。

最初のキスは恋心を
そして2度目は完全に心を奪われてしまう。

私は予想以上に彼に溺れているのかもしれない。


『今のは……えっと、その』
「わかりませんか?」
『…ちょっと、理解が…追いつかないです』

「なら、わかるまで口付て差し上げますが」
『け、結構です!』


私の心がそれを理解するには、あと何度の口付けがいるのだろうか。




二回目のキス
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