従者として大切なこと。
主の安否を何よりも優先し、自分のことは2の次にする。
昔から、己の命は主の元に成り立っているということを頭に叩き込まれていた。
それに対して何の疑問も持たなかったしそれが当たり前だとする。

―例え戦の真っ只中であっても、主の命を己が命とせよ。


『白瑛様。お怪我はありませんか?』
「えぇ名前。あなたが背中を守ってくれたおかげで大きな怪我はありません」
「姫様!無事で何よりです」
「青舜。あなたもありがとうございます」


剣を収めたこの場は戦場のど真ん中だ。
小さな傷を負いながらも守り切った主の姿に名前と青舜は安堵の息をついた。


「私は一度基地へ戻ります。この場は任せてもよろしいですか?」
「『お任せあれ』」


拳を包み込んだ掌、下げた頭は忠義の証。
任された仕事は寸分の狂いもなく施行しなければならない。

さて、と名前は辺りを見渡し現状を確認しようと一歩踏み出そうとしたがそれは叶わなかった。


『……青舜?』


やんわりと青舜に左手首を掴まれ、動きは制される。
冷静に青舜を振り返れば青舜は苦い顔をして名前を見つめていた。


「…なんで自分が怪我をしたことを言わないんですか」


握られた手首に温かい血が滴る。

そして名前も思い出す。あぁそういえばそんなこともあったと。
あくまでも名前は白瑛を守るのが仕事なのであって自分の怪我を嘆いても意味がないのだ。
だから騒がないし、何も言わない。
心頭滅却すれば火もまた涼し、という言葉を体現しているように。


『言っても白瑛様にご心配をおかけするだけでしょ?』
「それでも!せめて私には…」
『…今言うのは時間の無駄。白瑛様に言われたことの方が先』
「!」


青舜の手を振りほどき、名前は荒廃した戦場に歩を踏み出した。
軽く感覚がないのかだらりとしたままの左腕から血が滴り、歩く道に赤いしるしを残していく。


「せめて手当てを!」
『自分でする。青舜はここから西をお願い』

「名前…!」


名前の背中に手を伸ばしても、それはもう遅くただ宙を切るだけ。
後姿に写る左右の鈴。
あれを彼女に贈った時はこんなに拗れていなかったというのに。

いつ、道を踏み外してしまったのだろう。
いつから名前は感情を捨ててしまったのだろう。

流れるのは血と涙。

あといくつそれを流せば彼女は戻ってきてくれるのだろう。
何もできない無力な自分を呪い、青舜は血が滲むほど拳を握る。
大地に染み込む血液は青舜に涙を流させなかった。


―彼女の心は、今どこにあるのだろうか。





儚い雫に愛しさを、憎悪を

(守ると決めたのは)
(主の命と)
(愛する者の命)


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無表情無感情、とはいっても昔はきっと表情のあった子だった…という設定です。
白瑛さんはわかった上で青舜なら助けてくれるのではないかと思っています。
自分にできることはするけど青舜に救ってもらいたいという気持ちの方が多いし自分ではできないと分かった上で、です。
きっと感情が戻った時、鈴蘭の花が咲くのではないかと、天音は思っております。

リクエストありがとうございました!

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