机に突っ伏して現実から目を背ける行為を彼は今までに何回やってきただろうか。
しかし顔を上げれば積みあがっている現実という名の書類の山。
働けと言わんばかりに頭はガンガンと痛み、夢という現実逃避はさせてくれそうにもない。


「…ジャーファルさーん…」

「だめです」
「まだ何も言ってないじゃないすか…」


机の上の書類から視線を離さずに答えたジャーファルの言葉はシャルルカンの二日酔いの頭に突き刺さった。
完全に退路を断たれたシャルルカンの頭にバンッと開いたドアの向こうからまた声が降り注ぐ。


『どうせ仕事明日やるから見逃せって言い訳でしょ』

「あ、名前。ありがとうございます」
「…名前!!?」


二日酔いはどこへやら。
ガバリと顔を上げたシャルルカンの視線の先には腕に書類の束を抱えた名前だった。


「名前ー!」

『邪魔!』
「ぐふっ!」


飛びかかってきたシャルルカンを足で一蹴し、ジャーファルに頼まれていた仕事であろう、持ってきた書類をジャーファルの机に置く。
足蹴にされたまま床に転がったシャルルカン。
実の兄を足蹴にしたことに何の罪悪感も感じていない名前はそんな兄を見て思わずため息をついた。


「相変わらず名前は酒に強いですね」
『当然です。兄様とは出来が違いますから』


名前も同じように酒を飲んだのにここまで違うものだろうか。
ジャーファルは元より酒を飲まなかったものの、酒で今日潰れた者は多い。
その中でもシンドバッドは使い物にならないし仕事をさせたところで進まない。

なんでエリオハプトの政務に足らずシンドリアの政務にまで手を出しているのかはさて置き。


「名前〜兄ちゃんを助けてくれよぉ〜…」

『やだ。なんで私が……』

「…あれ?名前…書類、なんだか頼んでた量より多くないですか?……というかこれシャルルカンの…」
「え?」

『あ……!』


ジャーファルの机から書類の一部をふんだくった名前。
しかしそれよりも先に一部はシャルルカンの手に渡ってしまっていた。


「名前お前…もしかして俺のために…!」

『べ、別に兄様のためにした訳じゃないし!ジャーファルさんの書類に紛れてただけだし!』
「名前〜!」
『あーもーうるさい!酒臭い!』

「まったく…素直じゃないですね」


覚束ない足取りで名前に飛びついたシャルルカンを必死に振り払う。
バレたのが恥ずかしかったのか若干顔が赤い名前を尻目にジャーファルはまた只管机にかじりつくのだった。




二律背反

(そういや昨日よりもここにある書類の量減ってるよーな…)
(き、気のせいじゃない?)