もの珍しく見下ろした下界。

瞳に映る全てのものが新鮮で、見たこともない人、ものの海を超えた先にある好奇心が名前の胸を占めていた。
不安定な足元と手元は、本来乗り物ではない布の上に乗っているからである。


『ジュダルさんジュダルさん、あれはなんですか?』

「あ?あれはパパゴラスっつー鳥で焼くと美味いんだぜ」
『へぇ…あ!あれはっ?』


ジュダルの魔法で空を飛ぶ絨毯の上で身を乗り出して下を眺める光景は普通ではないだろう。

しかしジュダルしか知らない彼女にっては、彼から教えられることが全て。
水を含まないスポンジのように、ジュダルから教えられたことをそのまま吸収してしまうのだ。
いらぬ知識を捨てるということすら覚えていない名前には新たな知識は全てがこの水にあたる。

魔法で空を飛ぶ絨毯にも最初は驚いたが、ジュダルが別に普通だと言ってしまえばそれは普通になる。


『降りてもいいですか?』
「別にいいけどさっさとしろよ」
『はい!』

「じゃ、降りっぞ」


絨毯の高度が下がっていく。
どんどんと近付いてくる町の風景に名前は息を飲んだ。
人々が行き交う姿が珍しいという名前が、既にジュダルには珍しい。
最初は名前の力に興味があったというのに、今では名前自身に興味すら湧いてくる。
町を右往左往しながら名前の視線は縦横無尽に駆け巡った。

むせ返る食べ物の匂い。耳障りなまでに賑やかな人間の声。
隣で軽く耳を塞ぎながらジュダルは名前の隣を歩く。
その手には真っ赤に熟れたリンゴが1つ。


『わぁ……』

「…こんなモンのどこが珍しいんだか」
『全部です!』


目に入ったもの手に取るもの、何に対してでも好奇心を示す少女の存在がジュダルには異端に感じていた。


「ま、何にしてもみんなチンケなモンだ」
『?』

「形あるものだって無いものだって全部消えるんだからな」


音を立てて片手に持っていたリンゴにかぶり付くジュダル。
滴る果汁が口元を、腕を伝っていく。

それを拭い、まだまだ身の残る真っ赤な果実を地に落とした。
地面に付くか付かないか、その刹那にジュダルの素足がグシャリとリンゴを踏みつぶす。



「名前も知ってるだろ?愛だってなんだって、目に見えないものも結局はなくなるんだ」



足を上げれば、粉々になったリンゴ。
滲みだした果汁も地面に吸い取られてしまう。

甘い汁は、アリのような小さな生き物が啜るのだろうか。


『わかってますよ。だって世界は……』


地面を見下して名前は表情に影を落とす。
所詮は全てが小さなものの集まり。

例えそれが目に見えても、見えなくても。

彼女は嘆く。この世界の理を。
そして



『狂ってるのだから』



彼は笑う。
この世界の理を。





巡る理の世界

(天から地を見下ろしても)
(地から地を見下ろしても)

(所詮この世界は、変わらないのだから)



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もしもジュダルと出会って、すべてを教えられたのだとしたら名前は確実に狂っていたと思います。
名前は自分が狂っていると気付かず、ジュダルはそれを見て笑う。
そんな歪んだ関係の2人になると、そう思います。

リクエストありがとうございました!

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