毎日政務に追われるジャーファルに追い回され。
そんな中仕事をなんとなくこなし、やりたいことをする。
自由奔放、と人は言うだろう。
だが自由だからこそ王と言う地位で色々なことに気付き、国を反映させて来たのだ。
そんなシンドバッドには毎夜、空を見上げて気がかりにしていることがあった。

今夜は満月。
美しい円を描く月が明るく国を照らす時、彼は眠りに落ちることを強く望む。
どれだけジャーファルに文句を言われようが、これだけは譲れない。


「……やぁ、また会いに来たよ」

『!こんばんは』
「今夜は月が綺麗でね。君に会いに来たくなった」
『ふふ、ありがとうございます。でもここでは月は見えませんよ』
「そうだな、それが残念なところだ」


ここは何もない無の空間。
そこに一際存在感を放つ少女の存在があった。
彼女は満月の月夜にのみ、シンドバッドの夢に現れる。
7つの金属器を持つ彼からすれば現実からはかけ離れた存在というものには慣れたものだ。

銀色に輝く少女の髪に、浮かび上がる紫色の瞳は一際目を引いた。


「名前にもあの月を見せたいものだな」
『そのお気持ちで十分です』


無の空間は上と思われる場所を仰いでも何も見えはしない。


「名前は、夜空というものを見たことがあるのか?」


満月に現れるということはあの美しい空を知っているのだろうか。
小さな疑問は素直に口から吐き出された。

しかし名前は眉根を下げて苦く笑う。


『いいえ。私はあっちの世界を知らないんです』
「…そうなのか…ならばなぜ君は満月の夜に俺の夢に現れるんだ?」

『月の周期は決まっていますから。それに…満月の月夜は、私に力を与えてくれる』

「!」


小さく握った掌の拳を胸に当てる。
すると名前の瞳が徐々に赤く染まっていった。


「不思議だな…それも魔力なのか?」
『えっと…ちょっと違います。私のこの力も、自分のものではないんです』


瞳が紫色に戻ると、名前はシンドバッドの腕を取りジンの宿る金属器を撫でる。


『貴方たちの言う"ジン"のようなものです』
「じゃあ名前自身はどうなんだ?」

『私は…そうですね、ジンみたいなものです』

「曖昧なんだな」
『自分でも何とも言えないので』


自分が誰かわからない。
まるでアラジンのようだな、とシンドバッドは思った。
しかしそんな存在よりも彼女は異端な気がしている。


「…まぁ、そんなことどうでもいい」
『え?』

「君は名前。俺はシンドバッドという1人の男。それだけ分かっていればいいさ」


目を丸くする名前の頭に手を置いてシンドバッドは豪快に笑う。
器の広さが王たる所以なのだろうか。


『ありがとうございます』
「あぁ」

『…あ、いつもの方がお呼ですよ』
「……ジャーファルか…時間が流れるのは早いな」

『また私はここにいますから』


遠くから声が聞こえてきた。
耳が痛くなるほど聴いている優秀な政務官様の声が。

一瞬嫌な表情をしたシンドバッドに名前は笑いかける。
ずっと自分はここにいるから。


―そして貴方をここで待っている。



「また来るよ」
『はい。楽しみにしてます』



消えていったシンドバッドの姿。
先程まで、触れれば感じられた暖かさはもうそこにはない。

あぁ無常だ。

名前は決して届かない思いに静かに涙を流した。




空を掴む右手に想いを乗せて

(ウリエル。私はこの力をくれた貴方に感謝して、そして)
(貴方を恨むことになっているのかもしれない)



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※補足

このif内での名前はジンのような存在。
誰かの夢に現れる力はウリエルから貰った。
しかし夢に現れるという決して結ばれない形で彼と出会うことになってしまったことを恨む、と
そういうわけです。
実在しない自分の思いは伝えても無駄だとわかっているからこそ。

このリクエストは数多いリクエストの中で天音が一番感動したリクエストでした。
あの連載ならでは、という感じがあり他にはない作品となったと思っています。
それだけ連載を読んでいただいているんだな、と感動すらしました…!
こちらからあらためてお礼を言わせていただきます。ありがとうございます。

リクエストありがとうございました!

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