シンドバッドと思いを結び、格段と忙しくなった私生活。
この自分が王妃となる日が来ようとはとシエルは驚きながらもその幸せを噛み締めていた。
そしていつの間にやら、その幸せが訪れたのは十数年前の話だ。
思いが1つになることがこんなに嬉しいものか。
自分がこんなに幸せでいいのかと悩んだ時もる。
しかしそれすらも共に乗り越えてきて、ずっと隣にいたのは王という身分の者ではなくシンドバッドという1人の男であった。
「なんだ、いなくなったと思ったらこんな所にいたのか」
『あれ、シンドバッドさん……ジャーファルさんの包囲網は…?』
「俺が抜けられないとでも?」
ここは王宮の中でも一段と高い塔の屋根上。
誰も来ないだろうと一人になりたかったシエルがよく来る、気持ちがいい風の通り道であり秘密の休憩所であった。
そこにはっはっはと豪快に笑いながら現せたシンドバッドの姿はその自信を表しているが内容的には望まれたものではない。
後で一緒に仕事しないとなぁと思いながらもそれが嫌でもないと思うのは愛故だろう。
だが思い出すのは先程までの仕事の様子。
自分はノルマをクリアして休憩に入った。
しかし"2人"はジャーファルの包囲網の管轄下だった筈。
『……シンドバッドさんが抜けてきたってことは…まさか』
「ハルは置いてきた!」
『ちょ…!もうシンドバッドさん…!』
「今頃ジャーファルに捕まってるか……」
『そこは助けてあげてくださいよ!』
ジャーファルに捕まる息子の姿を想像してシエルは慌てて立ち上がった。
ただでさえ進まない仕事が更に進まなくなる上にシンドバッドだけが逃げたとなるとジャーファルがお怒りになる確率は格段と上がっているだろう。
そんなジャーファルの元に1人置いていかれたとなると正直、とても可哀想な光景が頭に浮かぶ。
「これも王になるための修行だ!」
『いきなり過酷過ぎません…!?』
「…まぁそう言うな」
『きゃ…っ』
グイッと手を引かれてぽすん、とシンドバッドの胸の中に飛び込む形になる。
「せっかく2人になれたんだし、な」
囁かれて回された腕に思わず赤面するシエル。
いつになっても恥ずかしさは拭えないものだ。
『…ハルが可哀想なんでちょっとだけですよ』
「……まったく我が息子ながら妬けてくるな…」
しかしながらシンドバッド自身が生贄として息子…ハルを置いてきてしまったのは事実。
しょうがないかとしっかり今シエルを堪能できる時間を味わうことにした。
シエルも諦めてシンドバッドの胸に体を預ける。
『昔とはかなり周りの環境、変わっちゃいましたもんね』
「あぁ。それにあまり2人の時間も取れなくなった」
それだけ2人を取り巻く世界は変わった。
その変化をマイナスと思うかプラスと思うか、世間から見たら違うのであろうが2人は迷わずプラスの変化と言うだろう。
手に入れたものは大きく選んだのは困難の多い道だったが後悔など絶対にしない。
「いたいたーっ!!父上!母上!」
「『!?』」
反射的にバッと2人は距離を置いた。
しかし自分たちを父、母と呼ぶ人物など今はまだ1人しかいなくて。
『ハル!』
「お前…ジャーファルはどうした?」
「突破してきました!」
『…場所は?』
「マスルールに聞きました!」
あのジャーファルの包囲網を突破。
加えて匂いで2人の居場所が確実にわかっているであろう人物に場所を聞く。
どこでその技術を身につけたのだろうか。
そんなことを考える前にシエルに込み上げてきたのは笑いだった。
『これはこれは…ハルってばシンドバッドさんを抜くやんちゃになりそうですね』
「おいおい笑うなよ…」
「??どうかしました?」
『いいえなんでも』
後でまとめてジャーファルのお叱りだな、なんてシンドバッドが言ったがその声色はむしろ楽しそうで。
笑う両親2人の姿にハルは疑問符を浮かべたが、幸せそうな2人を見て決して嫌な気持ちになることはなかった。
それどころか貰い笑いとでもいうのか、3人揃って響いた笑い声に気付いたのはきっとマスルールぐらいだっただろう。
「……幸せそうっスね」
笑い声で奏でる三重奏
(ハル…あなたまでいい加減にしてくださいよ…)
(ごめんってジャーファル!)
(全く…なんでそんなところはシンに似たんですかね)
(なんでって…)
(親子ですから)
_