指先が震えてそこから全身までに震えは伝わって行き、いつの間にかシエルの体は震えたままその場に縮こまってしまっている。
ヤムライハは目を見開いたままシエルと目を合わせるべくしゃがみ込み震える肩に手を置いた。
既に答えは出ているのだ。
ただ、その対応に何をすればいいかもわからずここまで来てしまった。


「王様には言ってるの?」
『いえ…』
「…やっぱり」


一国の王の子を宿すということがどういう事なのか、シエルはよくわかっている。
そして望まれずして生まれた王の血を引く子供がどうなるのかも。

友人であるアリババは、今こそこそ立派になっているものの彼から聞いた幼いころの話は忘れられない。
自分もそんな末路を辿ってしまうのだろうか。
それよりもまず、自分に宿った小さな命を産むことができるのだろうか。


『もし…もしもシンドバッドさんが望んでなかったとしたら』


服を着れば見えない程ではあるが少し張ったお腹を摩り、シエルは揺らいだ瞳をヤムライハに向ける。


『もう…ここにいられなくなったら…私は』


―もしも居場所がなくなるとしたら。

それが一番恐ろしいのだ。
百歩譲って自分だけいなくなるならいい。
ただ、自分と彼の間にできた子が存在したという事実をここで知って欲しい。

一国の王相手に、そう思う事すらおこがましいのだろう。


「シエルちゃんはどうしたいの?」
『私…は』
「それをちゃんと王様に伝えてあげて。あの人はシエルちゃんのことを本当に考えてくれているわ」
『でも…!』

「シエル。ヤムライハ」

「『!』」


名前を呼ばれた声に、瞳に溜まりかけたシエルの涙は落ちることはなかった。
駆けつけたそこにはシンドバッドだけでなく、話を聞きつけた八人将。

まさか今の話を、と思うとシエルは顔を青ざめさせて下を向く。



「シエル」

『……は…い』


かろうじて返事はしたものの、顔は合わせられない。
傍にいたい。隣にいたいだなんて言わないから。
せめてここに自分の居場所が欲しい。
そんな僅かな願いすらも叶わないのだろうか。

ぎゅっと目を閉じれば耐え切れず落ちてくる涙は武骨な指に掬われ、降り注いだ声にシエルは弾かれた様に顔を上げる。



「辛い思いをさせたな」
『え…』



顔を上げた瞬間に包み込まれた暖かい腕。
耳元にかかる吐息が熱い。



「…もう大丈夫だ。

1人で悩まないでくれ。……もう、」



―1人の体じゃないんだろう?




じわりと滲んだ涙は重力に従ってぽたりとシンドバッドの肩に落ちた。


『私は…この子を産んでいいんですか?』
「あぁ、産んでくれ。俺とシエルの子なんだからな」
『!』

「俺も、ずっとシエルに言いたいことがあった」


しっかりと交わらせた視線。
まだ潤いを持ったシエルの瞳が映していたのはシエルの左手の薬指に光る1つの輝き。

自分のサイズに合わせる様に作られたのであろうシンプルなリングはシエルの涙を乾かすのに十分なものだった。


「俺と…これからの道を共に歩んでくれるか?」

『…は、い…っ…!』


目の前で咲くように笑ったシンドバッドの胸に、シエルは飛び込んだ。
わっと騒がしくなる辺りなど気にせず、シエルとシンドバッドは静かに口付けを交わす。

これから産まれてくる命へ。
例え何があろうとも、ただ1つ、言いたいことがある。
君が望まれて産まれてきたことを。


彼と彼女が、どれだけ君を切望したのかを







貴方と、私と  (もう1人)


(そうとわかればシエルにはあまり仕事は回すな!)
(えっと…書類ぐらいは)
(ダメだ!)
(なら代わりに貴方が頑張ってください。婚儀の予定は任せてください)
(すまないジャーファル。だがシエルの為なら仕事でもなんでもしよう!)
(王様が…!ついに…!)
(まともに仕事する宣言…!)
(これも愛の力ね!)

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