あまり生徒の見えない夕方ごろ。
生徒の中の一部は家へ直行し一部は部活動に勤しむ。
当たり前の青春を謳歌する生徒を見守る教師に混じり、シエルはとある人物を探して走り回っていた。
『理事長〜っ!』
言いながら探し人を探し始めてはや半刻。
一緒に探しているジャーファルから連絡がないということは彼もシンドバッドこと理事長を見つけてはいないらしい。
携帯電話を手に連絡のない待ち受け画面を見つめため息をつく。
いつもならジャーファルに残りの仕事をお願いして帰路につくのだが今日は少し話が違う。
先日約束した1つの口約束。
例え彼にとっては軽かったとしてもシエルには大きな原動力だった。
『…今日は仕事終わったら一緒に帰ろうって言ってたのに……』
ポケットに画面の暗くなった携帯電話路突っ込み再び辺りを見回す。
しかし目に見えるのは部活動に勤しむ生徒の姿だけ。
マスルールにも応援を頼めばよかった、と既に帰路についているであろう強力な助っ人を思い返したがいない人物を頼りにしてもしょうがない。
きっちり定時に校内を出ていく彼は人探しのエキスパートだというのに。
生徒会で溜まった仕事を消化するに当たってマスルールの協力は欠かせないものだった。
困ったことに理事長は今日どこにいるというのだろうか。
『理事長が行きそうなところ……って言ってもいつも変なところだし』
あの人はいったい何を考えながら逃げ場所を探しているのか、シエルは改めて考えてみたが全くの予想がつかない。
時に木の上、時に体育倉庫、時に屋上。
一貫性のない行動は何を持って行われているのか。
『……(どうしよう…)』
しかし考えていても仕方がない。
いまだ携帯に連絡は来ないのでジャーファルはまだ外を探していることだろう。
シエルは顔を上げ、犯人は現場に戻るという言葉を思い返しグランドから校舎へ踵を返した。
ローファーを脱ぎ上履きへ履き替え、シエルは生徒会長の城ともいえる生徒会室へと。
携帯の入っているポケットとは逆のポケットに入っている生徒会室のカギを取り出し、ドアノブのカギ穴へそれを刺す。
『あ』
開けた扉の先。
会長用の机の手前にある少し上等な横長ソファーを全て陣取って寝ている人物が一人。
長い手足を投げ出し気持ちよさそうな寝息を立てている探し人がいた。
『こんなところに…』
今までの苦労はなんだったんだ、と頭を抱えてため息が漏れた。
窓際のカーテンが揺れている。
そこから推察するに自身の高い身体能力を生かして忍び込んだのだろう。
『起きてください理事長!!』
「……ン…」
『理事長!』
控えめにだが耳元で叫んでみるが、シンドバッドが起きる気配はなかった。
寝ている相手をあまり無駄に起こしたくはないが、仕事は早く終わらせたい。
ごろりと狭いソファーで打った寝返りでシンドバッドの整った顔がこちらに向く。
一瞬ドキッとしたがまだシンドバッドは夢の中。
気持ちよさそうに眠ってるなぁと思うのと同時にまた違う胸の高鳴りが巡る。
しかし同時に少し寂しい気持ちも生まれてしまった。
早く仕事を終わらせて約束を果たして欲しかったから。
まだ聞こえてくる寝息にシエルは深呼吸をする。
『理事長』
「……」
『…私……一緒に帰るの楽しみにしてたんですよ』
ソファーの前に膝をついてぽつりと呟く。
『…でも、お疲れならそれでいいです。また今度約束守ってくださいね。……シンドバッドさん』
聞いてないだろうと思って耳元でそっと囁いた、学校にいるときは絶対に呼ばない名前。
満足げにシエルははにかんでまた溜まった仕事をしようと背中を向けた時、不意に後ろ手を引かれてえ、と声を上げた。
「まったく…可愛いことを言ってくれるじゃないか」
『おっ、起きてたんですか!?』
「狸根入りだ」
『もう…!』
シエルはいつの間にかソファーに起き上がっていたシンドバッドの腕の中に閉じ込められていた。
楽しそうな笑い声に怒る気も失せてしまったがこの腕の中から抜けるという気にもなれないのも事実。
しかし恥ずかしいことを言ってしまったとシエルの頬は赤くなる一方で。
俯いたシエルに愛しさ余ってシンドバッドは額に口付けを落とす。
『…そういう事はここではしない約束ですっ』
「いいじゃないか。シエルも俺のシエルを呼んだだろ?」
『う……』
そういわれては何も言えなくなってしまう。
口ごもるシエルにまたシンドバッドが笑う。
「さて…じゃあ可愛い約束を守るために仕事でもするか」
『!』
「一緒に帰るんだろ?」
『は、はい!』
これが2人の青春謳歌
夕方、生徒会室にて
(ジャーファル!仕事は終わらせたから先に帰らせてもらうぞ!)
(…は!?)
(彼にそんなメールが届いたのは数刻後のことだった)
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