重苦しい意識の中、軽く意識が浮上する。
紫苑が泣いていた。泣き叫んで自分に縋り付いていた。


『…ごめんね青舜、私なんかといたから』


私は紫苑が好きだった。
それなのにその思いを忘れていた理由は一体なんだったのか。
問いの答えも、私はこうして思い出すことになるなんて残酷だ。



『青舜、青舜が好きなのは白瑛様なの。私じゃない、白瑛様なの』

『私は青舜を嫌いになるから、青舜も私を嫌いになって』



紫苑の願いは半分届いていた。

忘れていた。紫苑への思いを。
忘れていた。昔の紫苑との約束を。

まるで暗示のように忘れるように仕向けられていた私への言葉は、ずっと私の胸に響いている。
だが、今はその言葉に訂正をしなければならない。



「しゅん…青舜!」


「姫…様…?」
「何かあったのですか?!この血は…」



どうやら、忘れていた事を頭で整理するために勝手に意識が遠のいていたらしい。
視界に映る、心配そうな表情の姫様。

紫苑が倒れていた傍に倒れてしまっていたので血が付着している。
これは完全に誤解を招いたことだろう。
しかし、それどころではなかった。


「姫様…私は、大切なことを忘れていました」
「……青舜?」

「人の思いとは、こうも儚く…そして脆いものなのですね」


潰された鈴蘭。
この鈴蘭は、あの事件から何年紫苑1人で育ててきていたのだろう。


「姫様……姫様の御身よりも、私情を優先してしまう罪…お許しください」


そう言うと姫様はなにかを察したようにグッと顔を強ばらせた。



「…紫苑の事ですね?」

「……はい」
「ならば止めはしません。…紫苑を…救ってやってください」

「姫様…ありがとうございます…!」



胸の前で拳を合わせ、私は姫様に頭を下げる。
紫苑は今どこにいるのだろうか。

わからなくても、とにかく紫苑の元へ行かなきゃならない。

この想いは…もう迷わない。
遠くでチリン、と。音が聞こえたような気がした。





















私の存在意義なんて、どうせそんなものだった。
私はいらない子。

ふふっと嘲笑すら漏れる。

それに相まってズキズキと背中が痛んだ。



―「紫苑、実はな…林家に正式な跡取りが見つかった…」
―『…え…?』

―「お前は用済みだ。我が家の恥となる前にその姓を捨てるが良い」




バカみたい、とんだ茶番だったんだね。

今まで私が積み上げてきたものなんてそんなもの。
一瞬で切り捨てられる、見るも無残に崩れ去っていく世界。

もう私があそこにいる意味なんてない。
誇り高く胸を張ってきた私なんて誰にも認められないのなら。
言う通り、捨ててやろう。こんな名なんて。


『……』


手に触れた腰に携えた剣は、白瑛様から授かった大事なものだった。

眷属器ともなった私の剣は白瑛様を守るため。
そして、青舜の隣に立つためにあったというのに。



「紫苑っ…!」
『……青舜?』

「…やっと、見つけました………」



なぜ青舜が私を探してたかなんて知らない。
だって、もう青舜のことを知る意味だってない。

隣にいられないなら、ここに居場所がないなら。

想いも、関係も全てを断ち切ってしまえばいいんじゃないか。



『…何?』
「紫苑、貴方に言いたいことがあるんです」

『言いたいこと……?』



さっきのことは言わないって一方的に言った。
しかしそれで納得する青舜でもないことはよく知っている。

問い詰められるかな、と思ったけどそんなこともう必要ないよね。
だってもう関係ないんだから。



「全て思い出しました」


『!!!』

「紫苑の想いも、忘れてた私の想いも」


『やめて…聞きたくない…!』
「聞いてください!」

『嫌!!!』




なんで思い出してしまったの。
なんでその想いに気づいてしまったの。

私への想いなんて忘れて、青舜は白瑛様の背中を追っていてくれれば私はそれでよかったのに。


耳を塞いだ手を己の剣に掛ける。




『眷属器、凛月剣!!』


「!」




抜いた刃は青舜に。

思い出なんてこの剣で切り取ってきた。
白瑛様に捧げた思いに、青舜のことを忘れようと躍起になった。
この剣でどれほどの人を護り、そして殺してきただろう。
覚悟の数だけ屍があり、覚悟の数だけ守りたいものがある。



『言いたいことがあるなら…私を倒してからにして』



しかしその覚悟は、全てが無駄になってしまった。

剣を抜いた私に、青舜もゆっくりと腰に差した2つの剣に手をかける。



「……眷属器、双月剣」



こんな事の為にこの力を授かったんじゃないのに。
お許しください、白瑛様。

私は
護りたい人を護る為に、護りたい人に刃を向ける。

矛盾だって百もわかってるけど、この思いは譲れないの。



「『いざ!!』」



どちらからと言う訳でもなく、長年背中を預け預けられてきた仲。
言わないでもわかる。動き出すタイミングなんて一緒だった。

振り下ろした剣を双月剣の片方で受け止められ、もう片方の剣が私に向かってくる。
簡単にはいかせない。
剣の切っ先の方向を変えて両剣を今度は私が受け止め、反動で後ろにステップを取った。

一定の距離、間隔を空けるのは基本。
青舜の双月剣と私の凛月剣ではリーチが違う。



「紫苑!一体何があったんですか!」

『うるさいっ!』



いくらなんでもこの戦いは急過ぎる。
私だってわかってるけど、抜いた剣を収めるには理由と結果がいるから。


『私にはもう!何もないの!』
「何も………っ!?」


『結局私はいらなかった!父上は私を簡単に捨てた!』



キィン



一気に切り込み、青舜の双月剣を弾く。
後ろに後退して地に座り込んだ青舜の首元に向く切っ先。



『もう……もう、私に林という名なんてないの……私は…いらない存在なの…』



ずっと堪えてきた涙が、重力に従って流れた。
やめて、これ以上私を惨めにさせないで。

するりと私の手から眷属器の発動が解けた剣滑り落ちて青舜の前に座り込む。
手持ち無沙汰になった私の両手は自分の顔を覆い隠していた。

足に力も入らない。
立ち上がる気力もない。
涙が出てきたせいでまともに声も出せなくなってしまった。

青舜だって困るだろうに、なんでこうなっちゃうの。


顔を覆っていた私の手に、青舜が触れる。
ぐちゃぐちゃになった顔を真っ直ぐに青舜は見つめてくる。

その瞳に私は惹かれたというのに、見たくないと思う日が来るだなんて。


「いらなくなんかないです」
『…』

「姫様も待っていますよ」
『でも、』

「帰りましょう、紫苑」
『…でも、もう私に帰る家なんて…』


白瑛様がお優しいのは知っている。
そう言ってくださるのも予想はしていた。

でももうお仕えすることは叶わないのだろう。
どれだけ私が望もうと、もうあの家には帰れないのだから。



「………なら、"李"の名を貰ってください」


『……え…?』



混乱して回らない頭でも、青舜が何を言っているのかがわかる。
それはつまり





「私の元に…嫁いでくださいませんか」





立ち上がった青舜に、手を差し伸べられた。
太陽の光が反射して眩しい。

それ以上に青舜が眩しいからだろうか、私には世界がまだ霞んで見えている。


『……だめ…』
「…なんでですか」
『私が青舜の傍にいたら…青舜が』

「…言ったでしょう?私は好きで紫苑といるんです。周りなんて関係ありません」

『!』


青舜があの日のことを思い出したのがよくわかった。
あの日の面影は今も変わっていない。

変わってしまったのは私だった。
青舜はずっと私に手を差し伸べてくれていたのに。



『なんで…そこまで言ってくれるの?』

「…もう一度だけ言いますよ…?」



青舜は笑う。





「好きだからに決まってるじゃないですか」





止まらない私の涙が、また一筋流れていった。










この勇気はあなたがくれた

(手を差し伸べる勇気も)
(その手を取って立ち上がる勇気も)




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長くなってしまいすいません。
次でラストです。

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