紫苑の父が床に伏せっている事はこの王宮内ではそれなりに有名だ。
その理由には紫苑が跡取りが私だからという事が大きく話題性も高い。
故に表には有名じゃなくてもそれこそ裏では有名。
だからあのような事態が起こっているのだが。

青舜に負けるなと昔から言われ続けていたあの厳しい父の面影はどこに行ってしまったのだろう。

その病状が悪化したと知らせが入って、紫苑はやむなく白瑛の元を離れていた。
つまりは青舜にも会えないということで。



『(父上の部屋まで……中庭突っきたほうが早い…筈)』



目覚めの悪い朝。
起きてから髪を結い剣を携え風の吹き抜ける廊下を歩く。

隣にも前にも、いつもいる人がいない。
幼き頃から白瑛に仕え、青舜と切磋琢磨してきた。
こんなことあんまりなかったからなぁと思いつつ鈴蘭の様子でも見に行こうと踵を返す。


『この鈴蘭も…最初に植えたのいつだったっけ』


実はこの鈴蘭は長い間何代にも渡って育てられていた。
その事実を知る者は今となっては紫苑以外いないがその分紫苑にはこの鈴蘭には愛着がある。
枯れてしまうとわかっていても咲かせ続ける花。
思っていても無駄だとわかっていても想い続ける心。

似ているのかもね、自分に嘲笑を浮かべた紫苑は気づいていなかった。



紫苑を終焉へと突き堕とす、背後に迫る光る切っ先に。



『―え………?』












チリン


人通りの少ない中庭で聞きなれた音がした。
紫苑は今日、確か床に伏せっていらっしゃるお父上の元に行っている筈だ。

しかしここは数日前紫苑は鈴蘭を育てていた筈の中庭。


「紫苑…………!?」


あぁ、行く前に様子を見に来たのかと納得して物陰から顔を出した時青春の目に映ったのは。


「紫苑!しっかりしてください!」
『……せい、しゅ……?』


真っ赤に染まっている地面に横たわる紫苑。
その赤の原因は紫苑の血液以外の何者でもなく、青舜は目を見開いて慌てて駆け寄った。

紫苑は完全に開ききらない瞳に映った青舜の姿に手を伸ばした。
伸ばされた手を掴み体を抱きかかえる。

背中に切りかかられた太刀傷。

誰がこんなことを…呟くと紫苑は青舜の手をギュッと握りそれを支えになんとか立ち上がった。
横たわっていた紫苑の体の下敷きにされてしまったのだろう、1輪の鈴蘭が折れて萎れ、血が付着している。


『……誰にも、言わないで』
「は!?」


こんな状況で何を言っているんだと立つのもやっとな紫苑の姿にまた目を見開く。


「貴方を心配しているんです!」
『青舜には、関係ない…!お願いだから……この件に関しては関わらないで』

「…理由を教えてくれなければ納得しません」
『白瑛様も青舜も……誰にも関わって欲しくないから』
「だから理由を…!」


青舜に支えられていた手を離し、ふらっと体が一瞬傾く。
しかし地に足を付けてグッと握り締めた拳。


『なんでって……』


紫苑はこの時自分の足で鈴蘭を踏みつけてしまっていたことに気づかなかった。





『好きだからに決まってるでしょ!』

「!!!」




ズキッ




前にも、こんなことがあったような。
鈍器で頭を殴られたような衝撃に駆らせた青舜のもとを、紫苑はふらつく足取りで去っていった。

あぁ言ってしまった。
紫苑がぐるぐると気持ち悪い思いと涙に沈んだ。
言わないって思っていたのに。
知られたく、なかったのに。



「………紫苑…?」



去っていった紫苑の跡には踏み潰された鈴蘭の花。




―『ねぇ青舜、青舜は鈴蘭の花言葉って知ってる?』
―「紫苑は知ってるんですか?」
―『うん!鈴蘭の花言葉はねー…』



―『バカ青舜!なんで!』

―「好きだからに決まってるじゃないですか」




全て、自分は知っていたじゃないか。

青舜が気付いた時には物語は終焉へと向かっている。
ついた傷跡はずっと残っていたじゃないか。


忘れていたのは、逃げていたのは自分だった。







たったひとつの触れる方法

(君の心に触れていたあの頃)
(私たちはまだ幼過ぎた)

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