従者でも、時に主君に命の危機にさらされることがある。


『は…白瑛様!お止めください!』
「そ、そうです!我々が…!」

「いえ、私がやりたいのです。やらせてください」

『しかし……!』


流れてくるのは、冷や汗。
青舜ですら冷や汗を流すその事態は一度冥界に挨拶をかましたことがあるレベルで危険なのである。


『「白瑛(姫)様が台所に立たれるなど…!!」』


一度白龍様は亡くなった兄弟の影を川の向こうに見たという。
そんな恐ろしい事態にさせまいと必死に白瑛様を止める私たちだったがまさかの無駄に終わりそうだ。
申し訳ないが、破壊的に料理のできない白瑛様を止められなけでば待っているのは絶望しかない。

だが白瑛様の従者である手前、そうと決めたならば手を貸すのが従者の勤め。
まずは食材ですね!と意気込む白瑛様。あぁどうしてこうなったのか。
街まで食材を買いに行く白瑛様には青舜が、私は器具やその他もろもろの準備を城内で行っていた。


『…今回は倒れる人が出なければいいけど……』


考えただけでも頭が痛い。
だが白瑛様は生き生きと料理をするのだから憎めないものだ。

私が白瑛様のことを青舜のように姫様と呼ばないのには理由があった。


『(…青舜、白瑛様とのお買い物ちょっと嬉しそうだったな)』


生き生きと、しかし真っ直ぐに生きる白瑛様の生き様に憧れ、敬愛する青舜の姿が直視できないからだ。
彼女のことを姫と認めてしまえばもう青舜は届かぬ人になってしまう気がする。

同じ白瑛様に仕える者。
同じ志を持った幼馴染という関係が一気に変わってしまう気がして、私は白瑛様を姫と呼べずにいた。
白瑛様は自分の主であり一人の尊敬すべき人物であると。

―いい加減割り切れればいいのに、なんでこうも割り切れないのかな。
―未練たらしく、青舜が好きだからいけないのかな。



「ちょっと顔を貸していただけるかしら?」

『………』



変わらない。
ずっとずっと変わらない。

誰にも振りかざすことも許されない思いは自分の中に溜まっていくだけ。



「なぜ貴方なんかが白瑛様のお下に!」

「貴方のような血だけの成り上がりが白瑛様の眷属だなんて…!」

「お父上も嘆き悲しみになっていることでしょうね!」

「だから今も床に伏せていらっしゃるのでしょう!」



罵詈雑言、全ては聞き飽きた。
毎回こうして白瑛様と青舜がいない時にやってきてくれるのは私にとっては嬉しいことだ。

時に男まで一緒になって殴ってくることはあるけど白瑛様たちに気付かれないよう見えるところは殴ってこない。
私の体中の傷に気付くものなんていないだろう。
昔から青舜に比べて、圧倒的妬みを受ける私。

ボロボロになって、気付かれる前にまた笑顔を貼り付けて。


「紫苑!姫様がお帰りになりましたよ」
『あ、青舜お帰り!白瑛様は…?』

「今は着替えておられます」
『わかった!じゃあちょっと交代お願いね』


白瑛様がお部屋にいるときは女である私が白瑛様に着く。
そのサイクルが成り立つのは私が女だからなんて皮肉。

青舜とすれ違って部屋に行こうとした時その手を青舜に掴まれた。


『なに?青舜』

「…何かありましたか?」
『え…』


久々に見た、青舜の切なげな表情で。
青舜の喜怒哀楽はあまり見ないから。

私には従者としての青舜しか、見せてくれなくなってしまったから。


『な、なにもないよ!』
「本当に…?」

『……!』


敬語じゃない青舜なんてこれも久しぶり。


「…紫苑はいつも肝心なことを話してくれない」
『青舜には関係ないでしょ…』
「なんで!」
『なんでも!』


珍しくカッとなって言い合う姿が、
まるであの頃に戻ったみたいで。

でも、ダメ。



『だからなんでもないってば!』

「!」



戻らせたくない。
思わず思いっきり振り払ってしまった手。

目を見開いた青舜と一瞬だけ目が合ったけどこれ以上ずっと青舜を見ていられなくて、私は白瑛様の部屋へ走り出した。

ダメ、ダメ。
青舜は、白瑛様はずっと前だけ見ててくれればいいの。
後ろを振り返るのは私だけでいいから、

振り返って、泣きじゃくる私を見つめたりなんかしないで。

誰もいない枯れた世界で、リンと鈴の音だけが響いた。




笑顔も涙も見つめてきたよ

(貴方の涙は私のためじゃなくて)
(君の心の涙を止める術を私は知らない)

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