白瑛様が起床なさるよりももっと前。
私は静かな宮中を駆け抜けて中庭に向かう。
白瑛様が起床なさるのはあと半刻後程の筈だから、早め早めに。
まだ日が昇らない薄暗いだと誰ともすれ違わなくて気持ちがいい。
私はあまり人が得意ではない。
林家と李家が争っていることは煌帝国内ではそれなりに有名な話だった。
そして女である私は周りからよく思われていなくて。
「ほらあの白瑛様の隣にいる2人…例の」
「まぁ、じゃああの女の子が林家の後継なのね」
「可愛そう…跡取りが男の子ではないだなんて恵まれない」
耳が痛くなる。
でも陰口だなんて程よく本人の耳に入ってくるようになってて白瑛様も青舜もそんなこと聞いたことない筈。
わかってる、自分が望まれて生まれてきたんじゃないってことぐらい。
でも私はこうして生きていて生きる理由を見出している。
それでいい、それでいいんだ。
白瑛様から頂いた力は私を強くしてくれた。
剣の腕はもちろん、私の心も強くしてくれた。
だから怖くなんてないの。ただ、悲しいだけ。
「紫苑?」
『!青舜…おはよ』
「おはようございます。…それは…鈴蘭?」
『うん。1輪だけど育ててるの』
いつもの青舜の気配に気付けなかったなんて、あぁもう感傷に浸ってる場合じゃない。
「鈴蘭…確か根に猛毒がある植物でしたね」
『…そうだよ。綺麗な見かけと裏腹に…ね』
「?」
『………青舜!ちょっと剣の稽古に付き合って!』
やっぱり暗いのは症に合わない。
同じく白瑛様から眷属の力を受けた青舜となら対等に剣を交えられる。
負けたくない、けど。私はどうしても青舜に負けちゃうんだろうね。
「いいですけど…もう少しで姫様が」
『わかってる!ちょっとでいいの』
ほら、嫌なことを振り払おうと剣を抜きたくなったのに。
やっぱり、私は周りが言うみたい本当にダメな子なのかもしれない。
剣を交えて、流した汗に自分の気持ちも流れていけばいいのに。
金属音と共に交わる真っ直ぐな視線。
青舜がその剣の腕を磨いたのは白瑛様の為。
私が剣の腕を磨いたのは……
「姫様!」
『え…!!?』
横目で目を見開いた青舜の視線を辿れば私たちを見て佇む白瑛様が。
しまった、もう半刻なんてゆうに過ぎ去ってる…!
剣を仕舞い、白瑛様の前に駆け寄る私たち。
白瑛様は、笑っていらっしゃった。
そして青舜も、慌てながらも笑っていた。
『申し訳ありません…!稽古に夢中になってしまって…』
「構いませんよ紫苑。むしろ私に構わず続けてください」
「そ、そうは参りません姫様!」
笑顔が、眩しい。
やっぱり白瑛様は太陽の様な笑顔で笑う方だと改めて思った。
青舜の慌てた顔だって、どこか幸せそうに見えてしまう私の目は少しどうかしているのだろうか。
だからこそ、私は自分が憎くてしょうがない。
「じゃあ……次は私と剣を交えてもらいましょうか?今日は紫苑の番でしたね」
『は、はい!』
表だけ見てたら気付かないでしょう。
美しい花の裏に仕組まれた毒に。
太陽の裏の、日の当たらない暗闇に。
あなたが気づくことはないね
(それでいいよ)
(これ以上貴方は悲しまなくていいの)
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