―私の想いなんて、貴方に一生届くことはないんだろう。
チリンと透き通った音が長い宮殿の廊下に響く。
響くと言ってもそう大きな音ではない。
ただ、彼女がそこにいるという存在を知らしめるには十分な音であった。
『白瑛様ーっ!』
「姫様ーっ!」
そんな音に混じって聞こえてくる男女二人の声が重なる。
彼女たちは一部の人間には有名な2人組だった。
林紫苑と李青舜。
林家と李家は代々この練家に仕える血筋の者である。
もちろん紫苑と青舜も例外ではなく。
幼き頃から練白瑛に仕える従者として生を受けていた。
「いいこと紫苑、李家の者に負けてはダメよ!」
「いいか青舜、林家の者に劣るなど我らの家では許されないのだ」
白瑛の下に就くに当たっても、2人は競い合ってきた。
『もー!青舜がこっちかもって言ったから!』
「なっ…!私のせいにしないでください!紫苑だって賛成したでしょう!?」
『白瑛様…どこにいらっしゃるの…!』
「とにかくまだ探していない所を……」
「あら紫苑、青舜。どうしました?血相を変えて」
『白瑛様!』「姫様!!」
丁度物陰の曲がり角。
2人が探していたお目当ての人物、練白瑛が現れ2人は揃えて声を上げた。
逆に現れた白瑛側が2人の血相に驚いたようだ。
物凄い血相で詰め寄られ思わず一歩引いてしまった白瑛だったが彼女は冷静に2人を諭す。
「青舜、紫苑、どうしたのですか?」
『どうしたじゃありません!』
「どこかに行く際には我々にお声をかけてくださいとあれほど…!」
「あら、そんなことで探させてしまったのね…ごめんなさい」
「あ、謝らないで下さい姫様!」
『そ、そうです!私たちがしっかりしていないばっかりに…!』
しかしこんなやり取りも3人には日常の形であった。
紫苑も青舜も白瑛のことに関してはとても敏感であり、何よりも彼女に一心に仕えているのだから。
「いくら宮中とは言え姫様は皇女である身…いつでもご自身の危険も考えておいてください」
「大丈夫ですよ。自分の身は自分で守れます」
説教じみた感じもするものの、全ては白瑛の身を案じてのこと。
一回り背の低い青舜に言われることであっても言っていることはとても重要なことである。
確かに白瑛は迷宮攻略者としての力も持ち合わせている。
『いえ…白瑛様は私がお守りします!』
心配するのはおこがましいとも思ってしまうこともあるが紫苑は胸を張って剣を振るう決意があった。
「紫苑っ!抜けがけは…」
『抜けがけじゃないですー!悔しかったら私より背高くなってから言ってよね!』
「今は関係ないでしょう!」
「ふふ、2人共頼もしいわ」
『白瑛様!』「姫様!!」
「じゃあちょっと私と中庭に行くのに着いてきてくれないかしら」
「『はい!』」
本当に真っ直ぐな従者たちなことで。
扱いにも長けた白瑛は2人を引き連れて中庭に向かった。
いくら姫といえど迷宮を攻略した実力を持つ白瑛。
武術の腕を鈍らせるのも忍びない。
相手をするには不足かもしれないと思いつつも青舜も紫苑も白瑛の相手をする。
「今日は青舜の番だったかしら?」
「はい!」
この相手を決めるのは毎度喧嘩になりつつあったが白瑛の提案によりかわりばんことなっていた。
そして紫苑は白瑛と青舜が手合わせをしている間に決まって中庭のとある場所を訪れる日課があった。
少しの間2人の傍を離れ、一人で人気のない方へと歩を向ける。
『今日も綺麗だねー』
中庭に植えた1輪の鈴蘭の花。
凛と咲くそれに水をやり、2人の手合わせが終わるまでこまったりとしているのが紫苑の秘密の日課。
白く小さな花弁が風に揺れる。
同じく、風で紫苑の頭の鈴が微かに揺れる。
その風は紫苑を毎回感傷の渦に巻き込むのだ。
昔あの人とこの花を植えてからずっと、私はあの人のことが好き。
この花は、約束の花だったはずなのにな。
日に当たらない中庭の片隅。
届かない思いはそれに類似して。
『きっとこの想いも…枯れてしまうんだね』
想いも花、儚く枯れて散っていく。
『だって青舜は白瑛様が好きだもの』
そんな未来を予想して悲しくなったが、それは自然の摂理なのかもしれない。
交わらない二つの世界
(だって平行線の思いは交わらないでしょう?)
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