入学式も終わり、門から校舎にかけての道は人人人の人混み。
部活の勧誘と一言でいえばその程度なのだがこの新入部員を増やす戦争というのはバーゲンセールに突っ込むおばちゃんの様なものだ。
我先にと目を付けた新入生に声をかけ、いかに上手く自分達の元へ勧誘するか。
人数によって部費が上下する部活などは特に必死だろう。

その人混みをひょいひょいと躱す黒子を想像しながら、景斗は道から少し外れた木陰に座り込んでいた。
景斗は騒がしいことは嫌いではないがどうしても空気が苦手だった。
人が密集するあの暑苦しさはどうにも好きになれないらしい。


ここにくるまでに押し付けられ倒した大量のビラ。
一枚一枚に込められた思いを噛み締めながら景斗はそれを広げた。
ちょっと無理矢理鞄に突っ込んでしまったため付いた皺を伸ばし、目を通していく。
本当に楽しそうな雰囲気の伝わってくるもの、面白さを誇張したもの、個性的なもの。

沢山あるビラの中、やはり景斗が手を止めたのは"バスケットボール部"のビラだった。



『………』


黒子は迷わずバスケ部に入部するだろう。
好きなことだから余計にバスケを嫌いになった日だってある。
でも行きつく先はここだった。

自分はこうして誠凛に入学した。


『…見学…行こうかな』


親切に練習時間と場所を記載したビラを指でなぞり、入学式でたまった疲労を吐き出した時、聞きなれたバウンド音を立ててボールが転がってきた。
オレンジ色に黒いライン。

まごう事なき、バスケットボールが。


『…?誰の…』


しかしどこかにこのボールを見て心躍る自分がいた。
きょろりと辺りを見回して、足場は悪くても地面に付けば心地いい音が響き、同時に感じる緊張感がたまらない。
誰のだろう、と音の合図がてら付いていたボールから目線を離しまた視線を右往左往させる。

バスケを嗜んでいた景斗にとってボールを付きながら辺りを見回すなんて朝飯前。
ドリブルの際に手元を見てしまうという時期なんてとっくの昔に卒業しているのだ。
こちらに近付いて来る足音が1つ。
確実にこの音を頼りにしてきているであろう人物はボールの持ち主だろうか。ちらりと見えた影はとても大きい。

ドリブルを止め、掌を介して手首の上でボールを躍らせる。
最終的に回転したボールは細い指の上で回り、絶妙なバランスを持ってして景斗に操られていた。


それと同時に出会った、赤い燃える炎のような男子生徒。



『貴方のボール?』



景斗には確固たる自信があった。
このボールの持ち主が彼であると。


「あーワリィな。あの人混みで見失っちまってよ」
『えっと、1年生?』
「おう」


ボールを腕に収め緩めのチェストパスでボールを返す。


『もしかしなくともバスケ部入部希望……だよね?』
「そうだけど」


じゃあ、テツくんと同じか。
体格、性格からしてとても強くて負けず嫌い。
そう予測した景斗の頭にはある人物が思う浮かんでいて。

考えをかき消すようにしたかった、しかしこれだけは聞いておきたかった。


『貴方は、バスケが好き?』


余計にあの人物と重なるかもしれない。
でも、やはりこの気持ちだけは。


「好きじゃなきゃやってねーよ」

『!』


何の疑問も持たずにそう返した男子生徒に景斗は思わず口角を上げてしまった。
ただ普通に質問に答えただけなのに笑われた訳が分からず、首を傾げる彼に一言。



『安心しちゃった』

「?」



その言葉の意味を知るのは景斗だけ。
でもそれでいい。
なんでもないよ、と手を差し伸べながら、景斗は再び微笑んだ。






『私、藍葉景斗。よろしくね』


「火神大我。なんかよくわかんねーけどよろしく」







瞳という名の小宇宙

(貴方の瞳に、そんな光を見たの)