何でも根を詰めることはよくない。
根を詰めなさ過ぎるシンドバッドみたいなのもまたしかりなのだが集中が続かなければ根詰めてやることは逆効果に繋がってしまう時もある。 珍しく業務の席に着いたシンドバッドの吐いた一言。
「甘いものが食べたい」
現在厨房に立つお名前、ヤムライハ、ピスティ、モルジアナはその被害者である。 とは言いつつ別に嫌ではないからいいのだが。 あえて不満があるとしたらモルジアナは料理をしたことがない、ということ。
「お名前は料理できるの?」 『一応…それとなくは作れますね』 「ほんと?て言うか何作る?」
モルジアナのエプロンをお名前が結び、ピスティが机に置かれた材料を見つめつまみ食いを企む。 さりげなく伸ばした手はヤムライハに叩き落とされちぇっ、と小さな悪態。 何を作るかの計画は全くない。 モルジアナは料理と言う概念がなかったため他3人でう〜ん、と頭を悩ませた。
『この材料だと思いつくのがクッキーぐらいなんですけど…』
「「「クッキー?」」」 『え?』
「なにそれ、初めて聞いた」 『……こっちの世界にはない…ってことですか?』 「そうかもしれないわね」 「…どんなお菓子か気になります…」 「じゃあそれ作ろうよ!」
決定!と話の流れで作るものはクッキーに。 まさかそういうことになるとは思っておらずお名前は必死に作り手順を思い出した。 手順を知っているのはお名前だけだから教えるのは一人だろう。 頭に手順を思い浮かべ、できるだけ効率のいい手分けを考える。
『えっと…とりあえずそこの粉を……』 「お?これかー!!」
ドサァァァァ
『きゃー!!!』 「ちょっとピスティ!なんで全部出すの!?」 「粉が……」
厨房一面に舞った白い粉塵。 袋を全部ひっくり返すという暴挙を起こされるとは、ピスティの最後まで話の聞こうとしない態度にヤムライハが言葉の拳骨をかます。 粉にむせ返り言葉が全然出せなくなり4人分の咳が木霊する。
勢いよくドアを開け換気をするがなかなか目の前が白いままで風が通り抜けない。 目に粉が入ったりでなかなか散々なことになってしまったがしばしの休憩という名の換気を経て再び厨房に立つ。
『…気を取り直しまして…』 「ピスティはできるだけ見学よ」 「えー!?」
『あ、モルちゃんこの生地は粘り気がなくなるまでこねるんだよ』 「はい」
モルジアナに作業を任せピスティとヤムライハが騒ぎ立てる方を見やる。 確かにあのまま放置しておけばまたなにかしらピスティがやらかしかねないだろう。 だが何もやらないというのは流石につまらないし勿体ない。
『じゃあピスティさんとヤムライハさんのお2人で作業をしてもらえますか?』 「やるやる!」 「…やりすぎちゃ駄目よ」 『じゃあお願いします』
「ピスティの見張りは任せてちょうだい」 「ちょっとヤムそれどう言うこと!」 「そのままの意味よ」
この2人なら大丈夫かな、と作業を任せていたモルジアナの方に目を向ければ…。
「……」 イライライライラ
『……!!!!』
そうだったモルちゃんこういう作業嫌いだったっけ…!
『ごめんモルちゃん!もういいよ!』 「…すいません」 『ううん。十分生地も固まったし大丈夫』
十分に粘り気をなくした生地を今度はお名前が薄く伸ばしていく。 クッキーというものの概要が掴めていない3人はその様子をじっと見守った。
薄く伸ばした生地を型抜いて行き、それを鉄板に並べる。 その形は様々であり3人はおぉ、と歓声を漏らした。 これがどうなっていくのかの予想がつかず成り行きを見守る。 鉄板に記事を並べ終えたお名前はヤムライハに声をかけた。
『ヤムライハさん!火って魔法で出せますか?』 「火?得意分野じゃないからそこまで火力は出ないと思うけど一応出せるわよ」
「クッキー……って焼き菓子なんですか?」 『うん!』 「そういうことなら任せて!いっくわよ〜!!!」
火力については何も言っていなかったが、ピスティと違ってヤムライハは限度というものを知っていたので焼け焦げる、という最悪の事態は発生しなかった。
「いい匂い〜!」 「もう少しかしら?」 『そうですね…もう少しお願いします』
焼き目のついてきたクッキーに期待は高まる。 同時に漂ってきた香りはとても香ばしい。 いつもは堅いモルジアナの表情も少し綻んでいるように見える。
『完成です!』
焼き終えたクッキーを皿に並べてキラキラとした表情でそれを見つめる。 今にも涎を垂らしそうなピスティがじっとクッキーとお名前を見比べた。
「なんだか……王にあげるの勿体なくなってきちゃった」 「…確かに、あのサボり癖の王には勿体ないお菓子ね」 「私たちで食べちゃおうよ」 「…いいんですか?」 『…まぁ、材料は沢山あるんでまだ作れます……けど』
「よっしなら食べちゃえー!!」
そう言うが否やピスティがバッと皿に手を出した。 あ、ずるい!と続いてヤムライハ。 モルジアナも戸惑いながらも手を出して、最後にお名前が皿に手を伸ばす。 美味しい!と口を揃えた3人の手によりクッキーが次々に減っていく。
お名前は勿論自分も食べていたが3人が喜んでクッキーを食べている姿を見つめていた。 こんなこともあるならまたあっちの世界をお菓子を作ってみるのもいいかも、と少し考えてしまう。 その前にまたシンドバッドの分も作らなきゃなぁと思いつつ、目の前の3人の笑顔を見ながらクッキーを頬張るのだった。
甘い香りの音詩
(これどうぞ、シンドバッドさん) (ん?…これは…初めて見るが) (私のところのお菓子です。ヤムライハさんとピスティさんとモルちゃんは美味しいって言ってくれました) (そうか…どうせなら、俺が一番に食べたかったところだったな) (?)
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