紫獅塔に一室を設けてもらっているアスタルテは現在シンドリアにその身を置いている。
外交官、と言いながらもアスタルテは気ままに仕事をこなすだけ。
のっそりと身を起こし、ここどこだっけ、あぁシンドリアだと自問自答を完了。
白羊塔への廊下を歩いているとたまにアスタルテの存在を知らない神官や下女が目を見開いて振り向くのが面白く、ある種アスタルテの楽しみの一つであった。


『ジャーファルさーん』
「おはようございますアスタルテ。珍しく早いですね」

『まぁ仕事終わらせるまでは真面目モードですよ』
「また昼まで寝てるようならマスルールにでも起こしに行かせようかと『しなくていいです』


なぜそこまでマスルールを毛嫌いするのか、長年の謎なのだが本心はアスタルテにしかわからないだろう。
既に今の台詞だけで機嫌のバロメーターが下がったのが見て取れる。

わかりやすいのは血か、それとも相手が悪いのか。


「それでは、政務の話に移っても?」

『了解。まずこれ、うちの長官からの親書です』
「確かに承りました。ではこちらからも」


破天荒なアスタルテが比較的落ち着いた対応をする業務間。
こちらだけは兄に似なくてよかったとジャーファルはつくづく思う。

というより、似ていては外交長官補佐などになれる訳がない。
シャルルカンは真面目か不真面目かと言われたら不真面目だが、唯一真面目になるのは書類等の頭を使う仕事"以外"だ。
まるっきり卓上業務を放り投げるシャルルカンには外交などはできないだろう。
シャルルカンが外交長官、とか考えてジャーファルは一瞬笑いそうになったが仕事の手前なんとか持ちこたえた。

この兄妹、頭はおそらくアスタルテの方がいい(と思われる)。
アスタルテの仕事の優秀さだけはジャーファルに並んでもおかしくはないレベルだ。
外交について話ながらも着実に減っていく書類がそれを示している。


『本日分はこれで終わりでもいいですか?』
「えぇ」

『よーし!』


バンッと翌日分の残り書類を机に叩き付ける。
思いっきり伸びをしたアスタルテが心底スッキリしたような表情をする。

できるとはいえやはりアスタルテの性にデスクワークは合わないらしい。
ジャーファルさん、と声をかけたアスタルテが指指したのは広い中庭。



『体動かしに行きません?』

「…久々ですね貴方が私を誘うなんて。だいたいシャルルカンを誘うじゃないですか」
『いい加減兄様だけは飽きますよ。たまにはジャーファルさんとお手合わせしたいなー、なーんて』



傍らに置いていた槍を片手に挑発的な笑み。



「いいでしょう。私も腕を鈍らせなくないので」

『そうこなくちゃ』



ジャーファル自身も誰かとの手合せは久々だったので腕の鳴るところ。
静かに秘めた闘志を表には出さず中庭へ。

互いに距離を取り武器を構え、その時を待つ。




「時間は10分」
『負けたら手伝い』
「勝ったら昼食」



「『いざ!』」




賭けているものは陳腐なものでも、この手合せは毎度それ以上のものが得られる。
金属音が鳴り響く中、2人の見合わせる表情は真面目ながらもどこか楽しげだった。








切磋琢磨

(結局時間切れで決着付かず終いかー)
(…まぁ、昼食は私が奢りますよ。久々にこちらに来たんですし)
(…ジャーファルさん太っ腹!)

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