何でも手放してから、掌から滑り降りてから気付くんだ。
アスタルテの言う通り、俺はバカだった。
昔から何も変わっちゃいない。
どうして俺はいつも誰かを傷付けることしかできないのか。


「ジャーファルさん、俺…」
「シャルルカン、貴方はしばらく仕事は休みでいいですよ」

「…スンマセン」


ジャーファルさんからあの話を聞いてからはずっと何も手に付かない。
最後までアスタルテは俺たちの事を考えていた。
相手の事を考えた行動は俺にはできずに、あいつはいなくなった。

でも、あいつもバカだ。
俺の妹は俺に似て本当に。


「貴方もマスルールも、しばらくは使い物になりませんね」

「…マスルールの奴も?」
「もとから机に向かうタイプではありませんでしたが、あの日からは更に」
「……そっすか…」


何も感じてないとは思わないがまるで何事もなかったかのように仕事をこなすジャーファルさんはすごいと純粋に思う。
多分、アスタルテの言う通り残された仕事をこなしているんだろう。
ジャーファルさんの言葉にアスタルテとずっと顔を見合わせては喧嘩をしていたのは俺だけじゃなかった事に気付く。
そうだ。アスタルテの与える影響は俺だけじゃなくて他の奴にだって影響を与えている。

10年前のあの日、決断をしたのは俺。
数か月前のあの日、決断をしたのはアスタルテ。

どうして俺たち兄妹は揃いも揃ってバカなのだろう。
いくらバカだって言っても最初からわかっていればどうにかできるだけの力を互いにつけていたというのに。
結局は無力なまま終わる。
伸ばした手はそのまま掴まれること無く宙を掴むだけ。

何かが胸の内から落ちて行った今の状況をどうにかしたくて、足はアスタルテの部屋に向かっていた。
アスタルテの部屋、と言ってもシンドリアに用意したアスタルテの部屋であり本当のアスタルテの部屋ではない。
俺の昔の記憶の中にあるエリオハプトのアスタルテの部屋はきっともう存在しないだろうから俺はアスタルテの本当の自室を知らないということになる。

何も知らなかった。
知っていると思って知ろうともしなかった。

静かに開け放ったドア。
流石に日が経っていて少し埃っぽかった気がしたが部屋全体は俺とは違って全然綺麗で。
あぁそういえばあいつは几帳面だったな、って。そんな基本的なことまで忘れていたというのか俺は。
何もないと形容しようか。もういなくなると分かっていて整頓をしていたのかもしれない。
変わらない風景がなにもかも変わって見える。

これが、何かをなくした代償というものか。



バキィ

「!」



丁度窓の外から聞こえた豪快に何かが折れる音。
慌てて外を見れば大きな木が支えを失って倒れているのが見える。


「…マスルール」


その根元には赤い後姿が。
ジャーファルさんが使い物にならないと言ったあいつは俺と同じ何かを感じている、のか。

滅多に思わねェけどあいつと話がしたくなってアスタルテの部屋から踵を返した。

こんなにも、部屋から出ると言う行為は寂しさを感じる者だっただろうか。





鵜の真似をする烏

(歴史は繰り返す)
(されど俺はもう繰り返さない)

(…繰り返したく、ない)

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