こうして街を歩くのは紅玉と街に降りた時以来。
今回は隣に人はいない。1人で歩いて見る町並みも少し新鮮な気がする。

今まで気付かなかったことに気付くというのは面白味があることだろう。
だから人は知識を吸収することが好きなのではないかとアスタルテは頭で自己完結させた。
この"気付く"という行為の中には"思い出す"ということは含まれるだろうか。

アスタルテにはわからなかった。
なぜこんなにも自分の心がザワつくかを。

シンドリア。その国の名前は知識として知っている。しかし心がザワつく理由など見つからない。



ドンッ

「っわ!」
『っと、大丈夫?』


周りをキョロキョロしていたら不意に足元に感じる衝撃。
声がしたので何が起こっているかは理解できたが事態を視界に捉えたのは心配の言葉を口に出した後だった。

アスタルテの足にぶつかった小さな少年はその場に尻餅をついてしまっている。
スッと少年に差し出した手。しかし少年はその手を取ろうとはしない。


『どうかした?』
「…妹」
『妹?』
「妹と、はぐれちゃったんだ。俺、あいつ探してて…」


震えそうな声がどれだけ必死に妹を探しているのかを感じさせた。
きっとこの少年も妹を探すために周りを見回していたのだろう。
互いにちゃんと前を見ていなかったのならぶつかって当然と言えば当然。

アスタルテはとりあえず少年の手を引き足を地に立たせる。
驚いた少年が声を上げたがそんなことはお構いなし。
引っ張った手をそのままにアスタルテは街中で少年を担ぎ上げた。


「ぅわっ!?」

『ほら、これで妹ちゃん探ししなよ』


少年を自分の肩に乗せ肩車をする。
担いだアスタルテからは見えないがきっと少年は驚いた顔をしていることだろう。

肩の上で少年は少し暴れたりごねたりしたようだったが、アスタルテが問答無用で歩き出すと大人しく妹を探すことに専念し出したようだ。

妹の名前だと思われる可愛らしい響きの名前を叫びながら右を左を見渡していく。
必死に妹を探す兄。
微笑ましい、とアスタルテは口元を緩ませながらもどこか引っかかるような思いを感じていた。


『ところで少年。君は妹ちゃんの事好き?』

「当たり前だろ!じゃなかったらこんなに必死になったりしない」
『…そっか。そーだよね』


すとんと胸に落ちた言葉。
とりあえず、また必死に名前を叫ぶ小さなお兄ちゃんをアスタルテは応援することにする。

こうしてどれくらいの時間が流れただろう。
しばらくすると「お兄ちゃん!」と可愛らしい声が響いてきて無事に感動の再会を果たすことができた。
肩から降ろしてやると少年と少女は涙ぐみながら抱き合って喜んでいた。


「ごめんな、俺がしっかりしてなかったから…」
「いいの!お兄ちゃんちゃんと私を探してくれたから!」


血の繋がった兄と妹というだけでこんなにも小さな子供たちでもいろんな世界を見ている。
そんな気がしたアスタルテは何も言わずにそっとその場を立ち去ろうとしていた。

もう大丈夫だよねと思って背中を向けたアスタルテの耳に入ったお姉ちゃん!と揃った声。


「ありがとお姉ちゃん!」
「ありがとー!」

『……次は離しちゃダメだよ。その手』


繋がれた小さな2つの手を見て、アスタルテは早急に煌の王宮までの道を早足に歩んで行く。


―昔にもこんなことがあったような。
―この既視感はなんだろう。


どうしようもない葛藤に悩まされながらも、アスタルテの胸元ではネックレスがきらりと輝いていた。




塞翁が馬

(誰か、誰か)
(ただひたすら誰かに会いたかった)

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