チリ、と痛む首筋の赤みは引かず。
鏡に映るそれに先日のジュダルを思い出しアスタルテは小さく舌打ちをかました。

確かに今の自分があるのはジュダルのおかげでもある。
しかし己を見失う気などない。
忘れてしまった自分がどうであれ自分は自分であることに変わりはないのだから。


『まったく…犬かっての』


首に残る赤い跡はまるでマーキングのようだ。
隠す意味もないのでいつものように露出多めな着物に袖を通す。
髪の毛やらで多少は隠れてくれるかと思ったが案外隠れない跡にアスタルテはもう一度ため息をつく。


『……ま、いっか』

「アスタルテ殿!!!……っ!?」
『あ』


けたたましい音と共に、いつもならノックをするであろう人物が慌ただしく扉を開け放ってしまった。
そしてアスタルテの格好はお世辞にもちゃんと着物を着ていない状態で。
しかし上半身に軽く着物を羽織った程度であったアスタルテ当人は気にした様子でなく。

アスタルテの事を唯一殿付けで呼ぶ人物、白龍は物凄い勢いで扉を開けたもののこれまた物凄い勢いで扉を閉めた。


「す、すいません!」
『別に気にしなくていいのに。もーいいよリューちゃん』


聞こえてくる謝罪の声が妙にしおらしくて。
アスタルテはサッと袖を通すと一度閉まったドアに声を投げかけた。

だが本人が気にしているのかなかなか入ってくる気配がなく。
良いと言ったのに入ってこない白龍にイライラしたアスタルテは自分でドアに近付いて行きバッとドアを開ける。
するとそこにいたのは壁と向かい合って打ちひしがれている白龍の姿。


『なにしてんの』

「……あの、申し訳ない…嫁入り前の女性に俺は…」
『だから気にしてないって。それに嫁に行くかなんてわからないでしょ』

「いえ!アスタルテ殿ほどの女性…!いくらでも引く手数多ですよきっと…!」
『そ?ありがと』
「す、少なくとも俺はそう思います」

『…じゃあリューちゃんが貰ってくれる?』
「えっ!?」


一気に顔を真っ赤にする白龍にこらえきれなかった笑いを漏らしたアスタルテは冗談、と赤く染まった白龍の頬を突いた。


『やっぱ面白いねー』
「…アスタルテ殿、あまりからかわないで下さい…」


心の何かが折れたのかずるずると白龍がその場に座り込んでしまう。
しかしアスタルテは気にした様子はなく隣にしゃがみその背中に手を置いた。

アスタルテの手の温度に顔を上げた白龍。
思ったよりも近かった距離にまた赤くなりそうな顔を抑えながらも、視界に入ったのは首元にある赤色だった。


「アスタルテ殿…その跡は?」
『え?ジュダルにやられた』


さらりと答えれば苛立ちを思い出したのかアスタルテは赤い跡をなぞりアイツ、と悪態をつく。
言葉を発さず唖然とした白龍の顔。

その様子にどうしたのとアスタルテが聞けば白龍はアスタルテの首元にスッと手を伸ばして囁く様に呟いた。


「…気を付けてください」
『え?』

「…アスタルテ殿は引く手数多で有能な女性なんですから」


両目で色の違う白龍の瞳がアスタルテを射抜く。
しかしジュダルの様に悪い気はしない。

でもどこか揺れる瞳にアスタルテは少し驚いて。
同時に込み上げてきたのはくすぐったいような、あえていうなら年の離れた弟を見ているような。
何とも言えぬ不思議な感じだった。


『リューちゃん、そうやって変な女の人引っ掛けないように気を付けてね』
「…俺は真剣ですよ?」

『なら余計に心配だ。そういえば、私に用があって来たんじゃなかったの?』


あ、と声を上げる白龍に慌ただしい子だなと思いながらも白龍から伝えられる事象を待つ。
あの基本は冷静な白龍がここまで取り乱してアスタルテの部屋に来るような出来事。

一体なんなのだというのか。

落ち着く様に一度息を吸い込んだ白龍の口から、波乱の言葉が放たれる。





「数日後、

シンドリアからの使者が数人、この煌帝国に訪れます」





邯鄲の夢

(あぁ、なぜだろう)
(こんなにも胸がざわつくのは)

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