変わらない空はない、そんな言葉を聞いたことがあった気がする。
変わらないというか言葉の意味はひどく曖昧で。晴れや雨、曇りや雪など形は変わっていくもの。

それなのに、人は空を変わらないと言う。

適当で傲慢な物言い。
故に人はそれを空と呼ぶのだろう。


「アスタルテ殿!」
『あ、リューちゃんじゃん。どしたの』

「どうしたも何も…今日は槍の指導をお願いしていた筈ですが」
『…そうだっけ?』
「そうですよ!だいたいアスタルテ殿は腕っ節こそかなりなものの常識的な事にルーズ過ぎです!」


高い木の上から空を見上げていたアスタルテが地に足を下ろし、頭ごなしな説教を右から左に聞き流しながらリューちゃんこと白龍から鍛錬用の棍を受け取る。
少し気だるそうな瞳が何を映しているのか、それは彼女自身しか知ることはできず。


『まぁまぁそう怒らないでって。お礼に全力で叩き潰してあげるからさ』

「…今日はそう簡単に負けません」
『そう言って私から一本も取れたことないくせに』


棍を構えた白龍の腕に力が入った。
しかしアスタルテはそれを見逃さず、一陣風が吹いた途端に動き出し軽くバシリとその腕を叩く。


『相手見て力んでどーするの。それでまず十分な力は出し切れないよ』
「、う…」
『リラックスできるってことは他に無駄な力が入らないってこと。つまり自分の力を十分に発揮できる状態とも言える』
「……なるほど」

『それを踏まえてもう一回。さ、構えようか』


改めて白龍から距離を取り、先程よりかは大分柔らかくなった白龍の構えを見てアスタルテはよしと頷いた。



『(こうして誰かと力をぶつけ合うのは嫌いではなかった。気がする)』



語尾に気がする、と付いてしまうのは自分の頭の中にある沢山の事象が繋がらないから。
その足掛かりとして、こうして交えている刃は今まで自分の歩んできた道を彷彿とさせる。

交わる武器の間から除く相手の眼差し。
言い知れぬ緊張感、流れる汗。
全てが自分に語りかけてくるというのに、誰かと力を競い合っている間はそれにしか集中できなくなる。
誰かを相手にしているというはそんな片手間にできるものではない。

そう本能が語りかけてくる。

カン!と高い音を立てて白龍の持っていた棍を弾き飛ばし、アスタルテは反らした白龍の喉に己の武器を突きつけた。


「っ、ハァ…!」

『…はい、リューちゃん。今日は終わり』
「しかし!」
『大丈夫、だいぶ良くなってる。……それに、迎えまで来てるしね』
「迎え…?」


「おーいアスタルテー!」


見上げた空に真っ赤な絨毯。
飛ぶはずのないそれが飛んでいるという事実は既にここに来てから何度も目の当たりにしてきた。
楽しそうに笑いながら絨毯の持ち主はアスタルテと白龍の元に手を振って降りてくる。


「ん。なんだ、白龍も一緒か」
『そりゃ一緒に鍛錬してたしねぇ』
「神官殿、アスタルテ殿に何か御用ですか?」

「あ、そーだそーだ。紅炎の奴が呼んでたぜ」


一体彼は何のために来たのだろうか。
伝えることを思い出したように言う神官、もといジュダルにアスタルテはため息を1つ。


『そういう事は覚えとこうねージュダルちゃん』
「だからちゃん付けするなっての!」
『あーはいはい』


拗ねた様な顔をするジュダルの頭をとりあえず撫で、アスタルテは鍛練用の棍を2本白龍に手渡した。


『じゃあちょっと紅炎のとこ行ってくるから』
「はい。またお願いしますね」
『はいよー』
「あ!オイ待てよ!俺も行く!」


紅炎がいるであろう部屋を目指そうとしたアスタルテに続くようにジュダルが裸足の足で歩を進める。
白龍は棍を片付けに行ったのであろう、既にこちらには背中を向けていた。

長い廊下にはジュダルとアスタルテ、2つの影。
頭の後ろで腕を組み伸びをしたジュダルはどうやら先程まで昼寝をしていたようだ。


『ジュダルってばさっきまで寝てたでしょ』
「悪いかよ。寝たい時に寝て」
『いや?欲求に従順でいいと思うけど』
「そういうお前だって白龍とやり合うまであの木の上で空見てたろ」
『なんだ知ってたの?』


ジュダルの事だからちょっかいかけてくると思った、とアスタルテ。
あの空を見上げている時間は嫌いではないが別に邪魔されて鬱陶しいとも思わない。
らしくない行動に意外だと思うのと同時に空を見ていた時間を思い出す。


「お前……」
『なに?』

「あの時、何考えてた?」



―さぁなんだったかな



自分でもよくわからない思いを何と言って誰かに伝えろと言うのか。



『…ただ、空は変わらないなって思ってただけ』

「……ふーん」



嘘は言っていないけど本当に思っていたことでもない。
本当は変わらない空とは何かと訳の分からない問答をひたすら頭の中で繰り返していたというのに。

曖昧に事を伝えるのは簡単で、しかし人の本心を伝えることはとても難しい。



「ま、とにかく紅炎の相手頑張れよ

煌帝国の外交官サン?」




繋がらない記憶のピースは言葉という違和感となって宙に浮かんでいく。








言うは易く行うは難し

(ジュダルは紅炎のとこ来ないワケ?)
(別に)
(じゃあなんで付いてきたの)
(なんとなく)



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煌帝国編開始!
題名を4文字熟語→故事成語にしてみました(笑)
シンドリアはどうなったの?という方々、シンドリア組もちゃんと登場しますのでご心配なさらず!

始まりました第2部も暖かく見守ってくださると嬉しいです(´ω`*)
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