ざぁざぁと、重力に従い落ちる雨。



『ねぇ、わかる?



目を覚ませば傍には誰もいなくて

敵討ちだと一人闇雲に躍起になっていたら兄様は私や国を捨て、他の国で剣を振るっている』




思い出しても寒気がした。
でも、一番恐ろしかったのは自分自身。

この溢れ出す憎しみを誰にぶつければいいのかもわからなくて。

あの時だけは私は本当に自分が殺人鬼にでもなるような気持ちだった。


『私一人になにやってたんだって死のうかとも思った』



兄様の顔は見れなかった。
私が顔を上げて目を合わせたのは兄様を連れて行った張本人。


『だから私はシン様に初めて会った時言ったんだ』

「……あぁ。忘れもしないさ。
5年前、君が初めて俺の前に立った時のことを」













―『私は貴方が殺したいほど憎いです』


私の向けた切っ先はシン様の首に。
そして私の首にはきらりと煌めくジャーファルさんの眷属器の切っ先。

別に殺されたってよかったって思ってた。

ただ私は言わなければ気が済まなかった。



『貴方が手を差し伸べさえしなければ』



私は今こんなことにならなかったんじゃないかなぁって。




















いつから歪んでしまったのだろう。
一度歩いた道を振り返っても確実にその道は真っ直ぐではなかった。

本当は私だって真っ直ぐに道を歩みたかったけれど。
15年前のあの日から、もうそんな真っ当な道を進めないことはわかっている。


「違う!違うんだアスタルテ!!!」

『今更!何が違うって言うの!』


真面目に声を上げるのなんて久しぶりだった。
冗談の喧嘩であればどれだけよかっただろう。

今でも思い出せる幼かったあの日のような子供の喧嘩であれば、どれだけ。




『兄様は…死んだ父上と母上…そして私を、国を捨てた!!!!』




―そして私は、その原因になった賊を全員、この手で殺したんだ。



「俺は…俺は……!」



この時、初めて兄様と目を合わせた。
あぁもう、なんで雨が降ってるんだろう。兄様の顔がよく見えない。

兄様の頬に伝っているのは雨なのか涙なのか、わからない。






「ただお前を巻き込みたくなかった!!」






耳を塞ぎたい。




「お前を捨てたんじゃない、ただ俺は、お前に平和に生きて欲しかっただけなんだ…!」




なんでそんなに、欲しかった言葉は今更になって私に立ちはだかるというのか。
バカ、バカ、兄様のバカ。
呟くように動かした口からはちゃんと言葉が発されているのだろうか。

そんなこともうどうでもいいんだ。

例え兄様が私を捨てたんじゃなかったとしても。
例えシン様の手を取った理由が私だったとしても。







『もう、そんなこと綺麗事だよ』







今の私の頬に流れているのは、確実に涙だったのだから。











覆水不返

(もう願ったって戻れない)
(あの笑い合っていた日々になんて)

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