シャルルカンは海が好きだった
自分の知らない新たなものを運んできてくれるから
アスタルテは海が嫌いだった
自分の大事な、いろんなものを攫って行ってしまうから
『あーあ……』
小さな丘が海へ突き出した岬の先で一人アスタルテは荒れる海を見て天を仰ぐ。
もう戻れないところまで来てしまった。
『…』
こうなることはわかっていたのに、どうにも現実を受け止めるにはどうやら自分は大人になりきれていなかったようだ。
その証拠に、自分の手は震えている。
漏らした声は誰の耳にも届かず雨音に流れていくだけ。
しかし、アスタルテの耳には雨音だけでなく複数の足音が聞こえていた。
『…予定より早かったなぁ』
振り返れば視界にその姿が見える。
見たかったような、見たくなかったような姿はアスタルテの決心を揺るがせる要因になり兼ねない。
「アスタルテ!!!」
今までずっと呼ばれてきた名前を、実の兄の口から聞きたくないと思ったことがあっただろうか。
あぁ、あったかもしれないなぁ。アスタルテはまるで他人事のように思っていた。
まるで自分が額縁の向こうにいる絵のように感じて。
傍観者でいられたならどれだけ楽だっただろう。
もう自分は絵の中の登場人物。
手を伸ばしてもその手を掴んでくれる者などいなくて、
額縁から逃げることは、許されない。
「…オイお前…どういうつもりだ…!?なんで……」
一番に身を乗り出してきたのは、シャルルカンだった。
絶望への絵画が描かれていく。
運命という名の絵筆によって。
「なんで…お前が血塗れなんだよ…!!」
苦しそうな声。
信じがたく見開かれた瞳。
視線の先にあるのは、血に塗れたアスタルテと、血に塗れたアスタルテの愛槍だった。
予想をしていても実際に身に降りかかれば現実を痛感する。
だが今だけは自分は傍観者になることを決めたのだから。
『…いい加減、気付けば?』
「………!」
気付け、その言葉の裏に何があるのか。
それがわからない程皆は馬鹿ではなかった。
「……やっぱり、お前か」
マスルールとモルジアナに至っては途中からこの最悪のエンドロールを予想できてしまっていたのだ。
流れる血の匂いが、今までとは違い強く鼻を刺す。
コツ、とジャーファルがシャルルカンと並んで一歩前へ踏み出した。
「この事件の発端はとある男が殺されたことから始まった」
そして淡々と語り出す。
「それから継続的に殺されていくのは男。
唐突に殺された女性は先程を含めれば2人。
しかし継続的に殺されていっていた男たちの中にもイレギュラーがあり、女性が殺された場合はその直後にまた男が殺されている。
そして刺し傷、斬り傷の違い。
女性は2人共剣での斬り傷。現場にはしっかりと凶器の剣が残されている。
比べる男性は全て刺し傷。」
『そして男が殺される日、全ての管轄は
この私だ』
もう、言わなくてもわかるだろう。
アスタルテの血が雨で流されていく。
己の罪は、消えないというのに。
手練手管
(雨が一層強くなった気がした)
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