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降りしきる雨を王宮から見ていたシンドバッドがジャーファル、と自分の臣下の名を呼んだ。
彼が何が言いたいかはわかる。
ジャーファルはシンドバッドの一歩後ろに足を止めて共に外に眺める。
「思い出すな」
「…何を、とは言いませんよ」
「あぁ。5年前の、あの日だ」
憂う空は自分の記憶を思い起こさせる。
シンドバッドを含む大勢の者はあの日を一生忘れないだろう。
思い出した昔の面影は今も全く変わらなくて。
だからこそこれから起こるであろう出来事に瞳を伏せる。
「…シン」
「わかっている」
変わらない面影の彼女に差したままの影は消えはしない。
だからこそ今ここで2人は立ち上がらなければならないのだ。
雨で曇る負の連鎖。
断ち切る中で何があろうと。
王たるシンドバッドは立ち上がる。
それはシンドバッドがシンドリアの王であるから。
変えられない事実と面影と、そして過去。
「行くぞジャーファル」
「仰せのままに」
シンドバッドは一度瞳を伏せる。
王の瞳に、彼は何を映すのだろう。
噎せ返る血の臭いが街に漂い空は黒い雲に覆われていた。
路地裏に倒れる2つの人影。
男と女が折り重なるように倒れているその姿は普通だとは言えないだろう。
スラム街の路地裏。飢えてしまった人が倒れていること自体は少なくはない。
ただその体が血まみれというだけでこうも現実味が消えてしまうものか。
シャルルカンは思わず鼻を覆いその臭いを少しでも嗅がないようにしている。
隣に立つマスルールはもっと強く感じているだろうに動じたりはしなかった。
「……いい気はしねぇな」
「…っスね」
「お前臭い大丈夫なのか」
「大丈夫ではないっスけど、まぁ」
鼻のいいファナリスにこの近距離で人の死体を見るのはキツくない訳はない。
逆に視線の離せない、この惨劇の中で。
「それより先輩…」
「………あぁ。気付いてる」
言われずに意思疎通をした2人は足元に落ちていた一本の剣を拾い上げた。
既に雨で血は大体流れているだろうが、拭い去れない濃い血がこびりついている。
人を殺す時に剣を使うならば使い方は2つ。
斬る、または刺すぐらいだろう。
それを分かった上で、地に伏せる体を見比べる。
「女の人は斬られて…」
「男は剣より太いモンで刺されてやがる」
「…」
そしてアスタルテとジャーファルに手渡されていたこの事件の資料を思い出した。
今までに一度殺された女の死因は刺し傷。
それ以外で殺された者は全員剣と思われる斬り傷であったと。
「―っ!師匠!」
「!アリババ…?」
突然の第三者に顔を向ければそこには可愛いとも言えない弟子の姿。
今はアスタルテと共に行動をしている筈のアリババがなぜここに。
なぜアリババは焦っているのだろうか。
分からずアリババの言葉を待てばアリババは左右を見渡してから拳を握っていた。
「アスタルテさんは…!?」
「…アスタルテ?」
「アスタルテさんが…!さっき…!」
肩で息をしていたアリババの説明はシャルルカンとマスルールの冷静さを欠くのに十分であった。
待て、と頭にストッパーをかけても駆け巡る思考は止まらない。
しかし答えは出ないまま。
ぐるぐると巡る答えに確信などはない。
訳が分からないまま、悲鳴を聞きつけたアラジンやモルジアナ、八人将の見知った者も集まっていく。
「…どういうことなのよ?」
「知るか…知るかよバカ女!!」
「真面目な話でしょ!!なんでアスタルテがどうにかなってんのって聞いてるのよ!?」
「うるせぇ!!」
「もー!2人共落ち着きなよ〜!!」
アスタルテが犯人じゃないのか。
そんな最悪の答えを一瞬でも考えてしまった自分を殴りたい衝動に駆られる。
しかし前に見回りをした時、シャルルカンはアスタルテを共にいたのだからできる筈もない。
全てがわからない。
誰か、今すぐに答えを教え欲しい。
ピリピリとした一触即発な雰囲気。
雨は一層強く降ってきて、全員の体を濡らしていく。
「…こんなところにいたのか」
「王様!」
「…それにジャーファルさん」
なぜここに、という前にシンドバッドとジャーファルの雰囲気がいつもと違うことに気付く。
決して取り乱しているというわけではない。
むしろ冷静にその場を見つめる王とその家臣を見つめることしかできなかった。
「お前たち、行くぞ」
「…どこにッスか」
「全ての答えを知れる場所に」
「「「「「!!」」」」」
―2人は何を知っている?
アラジンはルフが悲しそうに泣くのを見た。
「……王サマ」
「なんだ」
「なんで金属器1つも持ってないんですか」
「………」
金属器は全て、その身に纏われていなかった。
それが差すこと。
眷属器の発動を戒められたという事だ。
だが、シンドバッドは語らない。
並ぶジャーファルも何も語らなかった。
全ての答えは着いて行く先に。
懊悩呻吟
(答えの先にあるのは何なのか)
(それを知る者はいないというのに)
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