雨、というものが好きか嫌いかと問われればアスタルテは嫌いと答えるだろう。

だが嫌いというのにも少し語弊がある。
物理的には嫌いという方が合っているだろうか。
髪は顔に張り付くし邪魔くさいことこの上ない。

しかしなんとなく好きなところもあるのだ。

嫌なことを、全て雨が一緒に流してくれそうで。


「めっちゃ降りそうっすね…」
『うおおアリババ君その語尾やめてくれ兄様が出てくる』


ここは決して治安のいいとは言えない街の下町。
子供たちが走り回り親と思われる大人がそれを窘めている姿も、目に映る全てが日常。
アリババと並ぶアスタルテの姿は傍から見ればどう見えるのだろう。
アスタルテの存在を知っているものは時に声をかけ、王宮の者かとわかるや否や石を投げる者。人それぞれだ。

そんな街中でのアリババとのなんとなく行われた会話。
寒気が、と言わんばかりに腕を摩るアスタルテにアリババが今まで思っていた疑問をぶつけることにした。


「あー…つか、アスタルテさんてなんで師匠のことあんな邪険にしてるんですか」


仲が悪いわけではあるようなないような。
喧嘩するほど仲がいいというのならば仲がいいと断定はできるがアスタルテがシャルルカンとマスルールに対する関わり方は普通ではない。

そりゃあ昔からの関わりと言えば普通でないのは確かだがそれとは色が違う。

アスタルテは少し悩んだようにうーんと声を上げてポンと頭に手を置いた。


『ま、長いこと生きてればいろいろあるってことかな』
「なんすかそれ」

『兄妹とか家族とか…アリババくんには、いる?』


暗い空がアリババの顔に影を落とす。
アスタルテの言葉に苦い記憶を思い出さずにはいられなかった。

暖かかった母親の温もり。
最後まで自分を信じてくれた父の誇り。
兄弟だと共に生きてきた幼き日々の記憶。

誰にだって自分の存在があれば親の、家族の記憶があることだろう。
例えそれがどれだけ苦しいモノであっても、幸せであっても。


『…ごめん。余計なこと聞いた』
「いや…大丈夫です」

『でも、君の隣にはもういるだろう?共に道を歩んでくれる家族が、さ』
「!」


バルバッドの先王が亡くなったことは知っていたし公共の事実。
しかし更に影を落とすアリババに地雷を踏んだかと思いつつもアスタルテは優しい声をかけた。
アラジンもモルジアナも、アリババを慕ってついてきてくれた、導いてくれた、そんな仲にあることはアスタルテにだってわかる。



「血が繋がってないない家族、って…アスタルテさんは笑いますか?」

『まさか。そんなこと言ったらシン様の国民という名の家族はどうなるの』
「…それもそっすね」



―この人のこんな穏やかな声を初めて聴いた気がする。

アリババは思わず顔を上げ視線を交えさせたが、次の瞬間に感じたのはなぜか鈍痛。
腹にめり込んだアスタルテの拳を目視するよりも先にアリババの顔に雨が降り落ちた。




「―――――っあ…?」

『ごめんねアリババくん』





雨が降り出した街中。
どこか遠くで高い女性の悲鳴が響き渡ったのと共に









―『私には共に歩んでくれるような"家族"はいなかったんだ』








最後にアリババが見たのは

見たこともないようなアスタルテの苦笑いだった。






曖昧模糊

(空に溶ける言葉も)
(全て雨に流されて)


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