この槍を手に取った時から私が追いかけていた背中は貴方だった。
追い抜いたと思ってもいつの間にか貴方は前にいて、隣にすら並べなくなって。
拳を握りしめて涙を流したあのころの私と何も変わっていない、弱い自分。

強さってなんだろう。

ねぇ教えてよ大っ嫌いなお兄様












懐かしい、夢を見た。


『にいさま待ってー!』
「追いついてみろよ!」
『もー!』


何も考えず、自分よりも大きい背中をずっと追いかけていた幼き頃のこと。
追いつけなくて、もどかしくて。

でも、その背中が大好きだった。


「あ!親父ー!お袋ー!」
『かあさま!とうさまー!』

「あら、2人共どうかしたの?」
「『なんでもない!』」
「やれやれ。2人共まだまだ甘えただな」


ただただ、幸せだった。
暖かい温もりも大好きな笑顔も。
優しい母様にとっても強い父様。

隣には兄様がいるのが当たり前で、家族全員が揃って笑い合えるあの空間が大好きで。

でも平穏は長く続かないなんて幼い私たちには分からなかった。
しかしわかっていたからといって、どうにかなったものでもない。


終わりは突然やってくる。


全てを飲み込んだ私の記憶は今でも鮮明で。
むしろ忘れる方が困難な記憶は真っ赤に染まっていた。


『やだ!かあさま…とうさま…!』

「アスタルテ!」
『にいさま…!かあさまととうさまが…!』

「いいから逃げろ!」
『いや!!』
「早くしないと…!」













『……ヤな夢』


最近ろくな夢見じゃない気がする。
本当に胸糞悪い朝。

外を見れば沈んだ私の気分を表すような雨が降り注いでいた。
こんなスッキリしないときは思いっきり槍を振るいたくなる。
でも生憎、今日はそんな気分にもなれないでいた。


『……』


背中の傷が疼く。

そして昨日の夜、ジャーファルさんに言った全てのことを思い出した。
とにかく今の私にはやるべきことがある。
誰に何と言われようが止めることはできないだろうし止めさせる気もない。
私が今まで蛇の道を歩んできた理由を全てを否定させることなんて誰にもできはしないのだから。

昨日のうちに決めていた今日の見回り分担表。
明日の分の表が作られることはないだろう。


今日……"通り魔事件の犯人"は全ていなくなるのだから。



「アスタルテ。起きてるか」
『……なんでアンタが私の部屋に来るわけ』

「シンさんが呼んでる」
『そ。了解』



そしてまさか朝一に聞く声がマスルールだとも思わなかった。
シンさん…ってことはまぁジャーファルさんから話を聞いたんだろう。

自室の扉を開ければいつも通りの仏頂面したマスルール。
あぁもうなんだかイライラが加速しそう。


『…なんでいんの』
「俺もシンさんに用があるだけだ」

『ふーん……。そういうや昨日あの後どこ行ってたワケ』
「先輩の所」
『…ふーん』


マスルールが自分から兄様のところに行くなんて珍しい。
あの犬猿の仲で何を話していたというのか。

まぁそれは私にも言えたことなんだけど。



「アスタルテ」
『なに』

「………いや、なんでもない」
『なにそれ』



自分でも訳が分からないぐらい調子が狂う。

なにこの大人しいマスルール。
いや、いつも大人しいっちゃ大人しいんだけどさ。
なんだかムズムズする。

こんな日に限って何だっていうんだろう。



全部全部

今日私はこの手で全てを真っ赤に染めてしまおうというのに。






伏竜鳳雛

(過去も思い出も何もかも)

_



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -