薄暗い暗闇。
人通りのない路地裏。

己を照らすのは僅かな灯りと月明かりのみ。
冷えた風の吹く夜空の下、並んで歩く2人の姿はどう映るのだろうか。


『兄様ちゃんと辺り見てる?仕事だってこと忘れないでくださいー』
「うっせーな!だいたい何で俺とお前の2人で見回りなんかしなきゃなんねーんだ!」

『兄様より身分が低い人と組ませたら兄様サボるから』

「…」
『言い訳もできない?…ま、今は私が全権利ジャーファルさんから預かってんだから文句も言わせないけどね』
「ちくしょー…」


並べて歩く肩の高さに、その差はほとんどない。
昔は自分の後ろをちょこちょこ付いて来ていたというのに。

できた差を埋めたのは時間か、それとも他の何かか。
シャルルカンはなんとなく他の何かに当たるものの想像がついていた。
きっと俺のせいなんじゃないか、と。


「…なぁアスタルテ」
『なに?』

「お前………この前剣でやり合った時、俺の剣のクセ知ってたよな」


手首の返し方、足の運び。
細かいところはまだアリババにも教えていない筈なのに。


「なんで知ってた?」
『…』


ぴたりとアスタルテが足を止める。
シャルルカンも足を止め、静かに返事を待った。

細く暗い路地裏に吹き抜ける風。
2人のまったく同じ少し色の少し長い髪が揺れる。
だが吹き抜けたのは風だけではないような、何か違う張りつめた雰囲気すら駆け巡ったようにも感じた。


『兄様、自分がいつから剣を振るってたか覚えてる?』

「は…?エリオハプトにいたころからだったし…とにかくかなり昔からだろ」
『うん。でも私はその頃武器の1つだって持ったことはなかった』
「……だよな。だからお前が外交長官補佐って言われてビビったもんだぜ」


思わず駆け巡る思い出は懐かしいものだ。
零れた笑みを隠すことなく表に出すシャルルカン。
打って変わって隣のアスタルテは無表情。

この相違が張りつめた雰囲気の要因の1つなのだろう。



『兄様はー……』












「マスルールさんに聞きたいことがあるんですがいいですか?」
「なんだ?」


高低差のある赤毛の頭が2つ。
モルじアナとマスルールもこの見回りに駆り出されている内の2人だった。

最初はモルジアナを含め、アラジンもアリババもまだ子供だからとメンバーに入れるつもりはなかったのだが予想通りそれを振り切ってこうして付いて来てしまっている。
ファナリスの目や鼻を持ってすればある意味明かりなど必要はないのだが2人の間には小さなランプが1つ輝いていた。
モルジアナが誰かに、しかもマスルールに質問とは。
1度アスタルテについて聞かれたことはあったが今度は何だというのだろう。


「マスルールさんは、アスタルテさんの背中の傷を知っていますか」
「…傷?」

「はい。誰かに斬られたような大きな斬り傷です」


前に共に湯浴みをした時に気付いたあの傷。
何も語らないアスタルテに聞くことは憚られ、かといってシャルルカンに聞く気にもなれなかった。


「俺はあいつが初めてこっちに来た時よりも前の話は知らん」
「前…というとエリオハプトの外交長官補佐になる前って事でしょうか?」

「あぁ。初めて会ったのは5年前だ」

「…ということはそれよりも前に…ということになりますね」
「先輩なら知ってるんじゃないか?」
「……」


あの傷は絶対に新しい傷ではない。
確信はあったが、それほど前の話になるとは。

モルジアナもマスルールも顔色一つ変えなかったが、頭に浮かんでいたのはアスタルテの事だ。
―なぜこんなに気になるのだろう。
マスルールに至っては胸に渦巻く謎の蟠りに疑問すら抱いていた。


「初めて会った時のことって覚えてるんですか?」
「…そうだな…どちらかというと忘れられもしない」


シャルルカンからしたら再会。
マスルールからしたら出会い。

しかしアスタルテがシンドリアに齎したものは人と人との関係だけではない。

マスルールが口を開き、何かを語りだそうとした時。







「きゃぁああああああ!!!!」






夜中のシンドリアに女の悲鳴が響き渡った。







温故知新

(兄様今の悲鳴…!)
(行くぞ!)

(…モルジアナ)
(はい)

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