「17杯目行くよー!」


ピスティのカウント高らかに、喉の奥に酒を流し込んでいく。
マスルールは元より顔に表情が出ない部類の人間だ。
アスタルテは饒舌に酒を流し込んでいくがそろそろ顔が赤くなりつつある。


「まだまだ余裕そうだね!」
「ッス」

「アスタルテも大丈夫?」
『…もち!』


言葉とともにガン!と杯を机に叩きつけたアスタルテがギロリとマスルールを睨んだ。


「あー…そろそろアスタルテのヤツ結構キてないか?」
「…え?あぁ……珍しいですね…」
「そんなにお姉さんってば酒飲みなのかい?」
「俺よりもな!」

「「「……」」」


笑ってていいのか、アラジン・アリババ・モルジアナは思ったが、まぁいいのだろう。


「18杯目ーっ!」


掛け声とともにウォォオオと声援が上がった。
アスタルテとマスルールの手に持っている杯に注がれた酒がまた喉の奥に消えていく。
その様子を見守っていた一同だったが、なんとなくアスタルテの変化に小さくなっていく声援。
ピスティも徐々にそれに気付いてきたのか"あ"、と机に並んだ2人分の杯を回収した。


「ちょ、ちょい待ち一旦止め!」
『…なんで』
「ま、まぁほらアスタルテ、落ち着きなって」

『勝負…まだ終わってな………』


言い終わる前にガッターンと音を立ててアスタルテが地面に倒れ込んだ。
潰れた、まさにその表現がふさわしい。
ここだけの話、アスタルテが潰れるなんて片手で数えられるほどしかない。
アスタルテが顔を真っ赤にして倒れる姿なんて見たのが初めてという人物の方が多いだろう。


「うっわー…アスタルテホントに潰れちゃったし…」
「…ピスティ、今日はもうお開きにしますよ」
「えー!!」

「アスタルテも部屋に運びましょう。マスルールは動けますか?」
「大丈夫っす」

『…頭ガンガンする…うるさい…』
「黙れ」
『っわ…!離……!』


担ぐようにマスルールに抱えられたアスタルテは全力で抵抗しようとしたが気分の悪さから抵抗をやめた。
吐き気すら覚える地に落ちた気分な上にマスルールに担がれるとは。
お願いしますとジャーファルの声を背中に受けながらマスルールはヅカヅカと真っ直ぐアスタルテの部屋までの道を目指し出した。
その肩の上で大人しくしているアスタルテなどこんな時以外は確実に拝めないだろう。

皆が騒ぐ外に比べ、王宮内は静かなもの。
暗く誰もいない廊下をマスルールが裸足で歩く音だけが聞こえる。


『おろせ……』
「…それ以上騒ぐと落とす」
『じゃあ落とせ、……お前にだけは世話になりたくない…』


いつもからは考えられないほどの弱々しい力で拳を背中に押し付けるアスタルテ。
熱に浮かされているのだろうか、マスルールはいつもならばここで言葉の通り廊下にアスタルテを落としてどこかに行っただろうに。


「……お前はなぜそう俺を拒む?」


いつもなら回らない酒の勢いで聞いてしまった。
足は止まらず、ずっと廊下を歩き続ける。
ただ、自分の鼓動が妙に脈打つのだけは理解ができた。
出てしまった言葉は戻っては来ない。もうあとはアスタルテの返答を聞くだけ。



『だって、お前は……マスルールは…………』

「……!」


初めて会った時からアスタルテはマスルールに牙を剥いていた。
その意味が今の今まで分からず嫌悪感を抱いていたマスルールだったが。

今しがた、アスタルテが消え入りそうに呟いた言葉は。




『私の兄様をー………』




全てを話すことはなく、アスタルテの意識は消えた。
なんとなくわかったような、わからなかったような曖昧な返答。

アスタルテがこれまた嫌悪するシャルルカンが何だと言うのか。
それが一体マスルールと何の関係があるのだろう。
きっと目が覚めてから聞いてもアスタルテに記憶はないだろうし素直に話すとも思えない。

あぁ、どうせなか聞かなければよかった。
マスルールは浮かされた熱を覚ますように冷たい廊下を歩いて行くのだった。




外柔内剛

(なんで今日に限ってこんなに酔ってしまったのか)
(忘れてしまえばよかったのに)

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