私が武器を取ったのはいつの日だったろう。

忘れたことはないのだが、心ではどこかそれを忘れようとしている自分がいる。
しかし忘れたい事実ほど忘れられないものはないだろうと思う。

気付いた時には私は人の上に立ってた。
それを目指したのは確かだ。
その代り、私の手は真っ赤に染まってしまったけれど。



『マスルール。ちょっと付き合え』

「断る」

『いいから付き合え』



無性に槍を振るいたくなった。
目の前にいたからマスルールを誘った、そんな簡単な理由。
ついでに思いっきり殺る気が出るから。
(あ、別にやる気、の変換を間違えたわけではない)

構えた槍片手に付き合えと言えば何をするかぐらいこのバカでもわかるだろう。
この前ちょっとイラッときてやり合ったのを除けば今回シンドリアに来てコイツと真面目にやり合うのは初めて。



「行くぞ」

『オッケーかかってこい』



力強く踏み出された足から蹴り出される蹴りは一度でも喰らえばアウトだ。
私の槍の強度はその辺のものとは比べものにはならない。

受け止めること自体は容易いが堪えられるかと言えば否。



『っらぁ!!!』



思い蹴りを弾きそのまま繰り出した突きはあっさりと避けられた。
しかしそう簡単に当たるとも思っていない。
ただアイツの間合いと私の間合いには若干の距離がある。

距離を取られればマスルールの脚力で一気につめられる、それは分が悪い。



『(先手必勝!)』



引いたマスルールに踏み出し振りかぶった槍を振り下ろせばサラリと避けられる。
そこまでは予想通り。

手首を反して切っ先でない棍の部分で攻撃を図る。


『(さぁどう出………!)』


次の瞬間にはあの力強い拳に槍が掴まれてしまっていた。
掴まれるとは少し予想外だった。

マスルールに力で勝てるはずはない。

相手に自分の武器を掴まれたという事はこちらがあちらに捉えられたことと同義。
チッと舌打ちが出る私の悪い癖が出てバッと槍から手を離した。



「!」

『ふっ!』



掴まれた槍を起点に上を取り、思いっきり踵落としを落とす。
私の武器が槍とは言え身体強化も欠かしてはいない。

コイツ相手に足止めぐらいではあるが戦えはする。
と、思っていたのが私の盲点だった。


「甘い」

『ぅっ…、おっ!』


パシッと音を立てて掴まれた足首。
そのまま遠心力に任せて傍にいた木に叩きつけられ、背中に鈍痛が走る。

変に腹から込み上げる不快感。
あー、もうイライラする。
エモノは相手の手元、自分がこうなってはもう降参するしかないだろう。


「…らしくないな」
『なにが』

「俺相手に血が上るのはいつもの事だがそれを増しても冷静さに欠けてる気がしたが」
『………気のせいでしょ。今回は私の負け』
「…」


へたり込んだ私を見下すように佇むマスルール。
いつ見ても腹立つ。



『付き合ってくれてご苦労サマ』



私の足元にマスルールの手から槍が置かれる。
きらりと光る槍の切っ先が私を映した。

それを手に収め立ち上がる。
私は既にマスルールには背に向けて歩き出していた。
ジンジンと痛む背中。
それでも手加減されたのだとわかるような痛みがまた私を腹立たせる。



『…アイツに悟られるなんて』



私もまだまだだな、
あーあ、と声を上げて私は槍の切っ先を撫でた。






力戦奮闘

(…湯浴みでも行こうかな…)
(しっかし、アイツの顔面一発入れられなかったのが腹立つ)

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