『あ、モルジアナーっ』
「?アスタルテさん…?おはようございます」

『おーおはよう。その様子だとまだ起きたてかな』


まだ髪の結われていないモルジアナの頭をアスタルテはわしわしと撫でた。
アスタルテはもっと早くから起きていたのかすっかり顔も洗ってバッチリと髪も整っている。
整っていると言ってもアスタルテ自身はくせ毛な髪を適当にサイドを結っているだけなのだが。


『まだ括ってないんだ?』
「それが…さっき髪を縛っていた紐が千切れてしまって…」

『…あれま』


手に握られた紐はぶっつりと2分割されていて髪を括るには短すぎるほどになってしまっていた。
確かにこれでは髪は括れまい。
意外と髪の長いモルジアナ、心なしか髪を括っていないと少し邪魔そうにも見える。
アスタルテもそんなモルジアナに若干の違和感。

普段髪を括っている人がその髪を下ろしているだけで随分と印象は変わるものだ。


『あーじゃあ私の部屋おいで』

「え?」
『多分結い紐の1つぐらいはあったと思うからさー、私のお下がり嫌?』

「え、いえ、とんでもないです!」
『なら決定』


千切れてしまった紐をモルジアナの手からひょいっと手に取ってみれば、随分と使い込まれていたようで繋げて結ぼうにも困難な程だった。
丁度自分の部屋も近い。
アスタルテはモルジアナに笑いかけ、くりると部屋へと踵を返す。
足のコンパスの長いアスタルテにちょっと小走りで追いついたモルジアナを見てアスタルテは少し速度を落とした。

隣に並んだモルジアナの頭にポンと手を置いて一度手櫛を滑らせる。


『綺麗だねー』
「…そうですか?」

『私は兄様と同じでくせ毛だし。まっすぐは羨ましいかも』


そう距離もなかったアスタルテの部屋のドアを開け、モルジアナを適当に座らせてアスタルテは紐を探し出す。


『さて…どこだったかな…』


最低限の衣服の入った棚。
姿見などは置いておらず綺麗に整頓されたある種質素な部屋をモルジアナは見渡す。
アスタルテの性格上もっとごちゃごちゃしているものかと勝手な偏見が多少なりと入っていたモルジアナは少し意外だ、と言わんばかりの声色だった。


「…あんまり物を置いてないんですね」

『まぁ…私は一応エリオハプトの外交長官補佐だからね。実際はあんまりこっちに置かないんだよ』


当たり前の事を言っているだけの筈なのだが、モルジアナはアスタルテの声のトーンに違和感を感じた。
でもなぜ違和感があるのかわからない。

違うというのは分かっているのに、アスタルテがいつも通りに見える。
変な矛盾、モルジアナは胸に変な気持ちを感じながら紐を探すアスタルテを見つめていた。


『あーあったあった。こんくらいのでいい?』
「はい。ありがとうございます」
『よーしじゃあこのまま今日はお姉さんが括ってあげよう』
「え」


立ち上がってその紐を受け取ろうとしたところ、両肩をがっちりと掴まれもう一度椅子に身を戻されたモルジアナ。
有無を言わさず、といった感じで笑うアスタルテにモルジアナは引き下がるしかなかった。

大人しく椅子に座っていれば自分のガサツい髪の扱いとは裏腹にモルジアナの髪が綺麗に梳かされていく。


「慣れてるんですね」
『まぁ自分のもやるしね』


あんま時間はかけないけど、とアスタルテは一旦紐を咥えた。
黙々と梳かされていく髪。

モルジアナの頭の左上に束を作り一度また紐を手に。
アスタルテが喋れるという事を確認してモルジアナはまた口を開いた。


「そういえば…今朝マスルールさんと中庭でやりあってましたよね」

『え?あぁ殺りあってたね』

「………アスタルテさんは朝早いんですか?」
『んー?身体が勝手に起きて時間があるから槍振るってるってだけだよ。これだけは日課』
「…どれくらい前から…?」

『どうだろうねー…』



ギュッと髪を結わい終わりパッと手を離したアスタルテを振り返る。




『忘れるぐらい昔から』




そう言ったアスタルテの表情はどこか寂しそうで。
あれ、と思って目を見開き一瞬瞬きをした後、目を開ければいつもの明るいアスタルテに戻っていた。
今のは何だったんだろう、モルジアナに過る疑問はアスタルテの笑顔にかき消されてしまうのだった。



鏡花水月

(ホイできた)
(あ…ありがとうございます)

_



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -