呼ばれたジャーファルの隣に並び向かう先はシンドリアの下町だった。

なぜ自分が?と聞いたが他国の者の意見を聞いてみたいということらしい。
なるほどと手を打ってアスタルテはジャーファルと共にシンドリアの町を歩く。

ジャーファルとそう変わらないアスタルテの高身長。
容姿は端麗であるし、武術の腕も申し分ない。
加えて若干20歳にして外交長官補佐と言う肩書。
アスタルテに憧れる女性がいない訳がなく、ジャーファルもその類の話は聞いたことがあった。



―「シャルルカン様の妹君、アスタルテ様よ!」

―「美しくて強くて頭がいいだなんて…さすがはシャルルカン様の妹君ね」

―「兄君も優秀だと妹君も優秀でいらっしゃるわ…」



しかし、シンドリアでは彼女の肩書はエリオハプト外交長官補佐というよりも、八人将シャルルカンの妹なのだ。


『相変わらずイイところですねー』


アスタルテはそう言って羨望の目で見つめる者に軽く手を振る。
ちょっとした歓声の上がる様子はまるっきり兄のそれを彷彿とさせるものがある。
ジャーファルはここ数日のシャルルカンの様子とアスタルテをずっと観察していた。
観察しているだけでもシャルルカンがおかしいというのはわかったし、アスタルテが普段と変わらないということも分かる。
この差は一体なんなのか。
あの手合せの裏に含まれた意味はなんだったのだろうか。

先程の手合せから何も口にしてい無いからか、市場で店主に果物を貰っているアスタルテを見つめ、ジャーファルはいつもと変わらぬ振る舞いに逆に違和感を感じる。


「このままもう少し下の方まで行きますが、アスタルテも付いてきますか?」
『あ、行きます。私程度でも助言はしますよ』
「助かります」

『いえいえ』


下の方、という言葉が示すのはスラムの様な治安の悪い地。
紙袋いっぱいに買った林檎を1つヒュッと宙に投げてそれをもう一度手に収める。
赤々とした林檎は水々しく、見ているだけでも口の中に唾が溜まりそうなほどでアスタルテは思いっきりそれにかぶりついた。

長い下町までの道は互いの外交についてを語り合う。
聞いても聞き足りず喋っても喋り足りないような厚い内容の話。

こういう話をしている中、ジャーファルは目の前にいる彼女が本当にシャルルカンの妹かと何度思ったことだろう。



「アスタルテはシャルルカンをどう思っているんですか?」



そうしている内に、少し薄暗い下町に着く。
見てわかる市場との治安の違い。
どこの国であってもこのような落差は生まれてしまうのかと思いながらアスタルテは今のジャーファルの質問を聞き返した。


『兄様?』

「えぇ。貴方達2人は兄妹にしてかなりの地位を持っているでしょう?それも他国同士で」
『そりゃあ兄様がこちらに来た以上はそうなりますね』

「何か普通と違う思いを持っているのでは?」


薄暗い道を先導して歩くアスタルテの表情は伺えない。
背中から動揺を見出すこともできない。
本当にただの兄妹なのかと言われれば、世間的に否であろう。

問いかけに答えぬまま、アスタルテはスッと足元に落ちていた木の棒を拾う。
何だ、と思った瞬間に自分たちの上空から影が差し小さな体がアスタルテに真っ直ぐ落下してきた。


『よっ』
「うわっ!」


少年の小さなその手には光るナイフ。
しかしその程度でやられるようなアスタルテではない。


「子供…?」


棒で的確に少年の手首を叩き、カランと音を立てて凶器は地に落ちた。
アスタルテがこの程度の事で動じることもなく腕の中の紙袋もすべて無事である。
ジャーファルの手を借りるまでもなく、一瞬で終わる殺戮行動に目を見開く。
少年の瞳には確かなる殺意。
ナイフを拾ったアスタルテは余裕の笑みを浮かべて腰に手を当てる。


「あ、あんたたち王宮の人だろ!」
『そうだよ少年。で、どうしてこんな物騒なものを?』

「い……妹が…」
「妹…?」


ピク、とアスタルテも反応を示し少年の声に耳を傾ける。


「ここ数日俺たち何も食べてなくて…それで…妹が倒れて…だから俺……!」


ボロボロになった身に纏った衣服とも呼べないような布。
傷だらけの体にはその過酷さが見てわかる。
この下町で見た感じ両親がいない、またはまともな状態ではない子供は沢山いる。
その中の一握りと言ってしまえばそれまでなのだがまざまざと感じさせられるのは現実。


『妹って…キミの妹?』

「…ううん。血は…繋がってない……」

『うん。そうか』


それを聞いたアスタルテは懐から先程買った林檎の入った紙袋を少年に差し出した。


「え……?」
『お姉さんからプレゼント。その代わりもうこんな物騒なもの振り回すんじゃないぞ』


アスタルテの行動に目を見開いたのは少年だけでなくジャーファルもであった。
少年はそれを受け取り、ありがとうと言ってまた薄暗い道を駆けて行く。

その小さな背中を見送ったアスタルテは、拾ったナイフを高く放り投げ、組み立てた槍で跡形もないように粉々に砕いた。



『…ジャーファルさん、"家族"ってなんだと思います?』


「………珍しいですね。貴方が質問に質問で返すだなんて」
『まぁそんな時もありますって』

「…なら、今の質問が答えと見受けますが」



今度は表情が見えたからわかる。
アスタルテはこの問いには意図的に答えなかった。



『さぁ……私と兄様なんて所詮は"兄妹"ってだけですから』



家族とは何か、血の繋がりとは一体何の意味を成すのか。

彼女の表情からは何も伺えない。
ただ一つ、シャルルカンとアスタルテの間には普通ではない何かがあるのだと、確信だけはジャーファルの胸に植え付けられた。








規矩準縄

(さ、帰りましょうよジャーファルさん。すっかりお腹減っちゃったんで)
(…全くしょうがないですね……林檎をあげたのは自業自得でしょうに)
(固いこと言っちゃダメですって)

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