※付き合っている前提のIf話
人通りの多い道を歩くのはいまだに慣れない。
それ以前に人に慣れていない名前にとっては既に眩暈すら起こしそうである。
シンドバッドに連れられてきた市場。
思いの通じてからの初めてのデートだということでシンドバッドはかなり浮かれていたが名前は相変わらず奥手だ。
実際の距離は変わらないものの心の距離は大きく違う。
『今日はどこに行くか決まってるんですか?』
「いや?」
『……え』
そういえば今日も机の上に書類が積まれてた気が。
それを名前が言おうとする前にシンドバッドは名前の手を取って歩き出す。
このままだとジャーファルのお小言は避けられないだろう。
最悪の事態を予想して明日は1日中仕事を手伝おう、と名前は心に決めた。
代わりに今日は自由奔放な彼に付き合うことになるのだが、手を取ってしまったのは自分だからとことん付き合ってしまおう。
「それにしても今日の人通りは多いな」
『今日は市場の売出日ですから、人も多いはずですよ』
「あぁ、そういえばそうだったか?」
『そうです。ジャーファルさん言ってましたよ?』
「……記憶にないな」
…お仕事、ちゃんとしましょう。
まぁそんなことは言わなかったがちょっとした苦笑い。
シンドバッドもジャーファルの名はどこか聞きたくなかったのかすぐに話題は転換された。
「…でも活気がいいのはいいことだ!」
『…そうですね!』
「あ、シンドバッド様だー!!!」
「ホントだ王様だー!!」
「王様ー!」
「お?」
冒険の話聞かせてー!と町の子ども達がシンドバッドの存在に気付き、わらわらと大集合。
とても微笑ましい光景に名前は思わず一歩身を引いて様子を伺うことにした。
シンドバッドがどんな世代からでも慕われるということがよくわかる。
でもその内容、冒険の話というのは名前も読んでは誤解をしたあの嘘にまみれた例の冒険所だろう。
純粋な子供たちは文面に綴られたことを信じて疑わなかったらしい。
「よーし!じゃあ八人将の話の続きをしよう!」
「「「やったー!」」」
『…私ちょっと飲み物でも買ってきますね』
「あぁ、悪いな」
『いいえ』
小言で会話を交わした後、子どもに囲まれたシンドバッドを背中で見送り名前は市場へ向かった。
国民との触れ合いは邪魔したくない、名前の願いもシンドバッドは察したようだ。
何度か訪れた賑わった市場を一人歩き、立ち並ぶ露店に目を向ける。
『すいません、こちらのいただけますか?』
露店の若い男に飲み物を頼み、ジャーファルに貰ってきた金を探る。
細かいのあったかな、と立ちぼうけして差し出された飲み物を受け取ろうとすると、男は苗字の手を離さず、ニヤニヤと笑っている。
「キミ、可愛いねー」
『え?』
「どう?これ安くしちゃうから俺と遊ばない?」
『あの…私連れが待ってるんで…』
「いいじゃん、キミみたいな可愛い子をほっとくような奴なんてやめて俺と…」
握られた手に力が入りかけた時、名前の背後から大きな影が被さった。
「俺がどうかしたか?」
目の前の男の顔が青ざめて行くのがよくわかる。
それもそうだろう、現れたのは自国の王たるシンドバッドその人だったのだから。
「釣りはいらん。取っておけ」
『あ、シンドバッドさん!』
明らかにいい意味で代金には見合わない会計を済ませ、今ほどまで男に握られていた手を引き、シンドバッドはまっすぐに王宮への道を歩き出す。
少し人通りが減ってから、周りの目を気にしつつ名前は口を開いた。
『あの、子供たちは…?』
「あぁ。ちゃんと言ってきたぞ?"俺は今から姫を救いに悪い奴を成敗しに行く"とな」
『もう…』
まるで物語の様な物言いに赤く染まる頬。
あまり公にできない関係上、臣下としてそういったことはして欲しくないが、恋人としては嬉しい。
臣下として褒められたことではないが後者が勝ってしまい、緩んだ表情を隠せない名前にシンドバッドの頬も緩む。
「それにしてにも…」
だがシンドバットは困ったように笑みを浮かべ、繋がれていた手を目前まで持ち上げた。
「お前が可愛すぎるのも問題だな」
消毒だ、と名前の手の甲に口づけ、満足げに微笑むのだった。
好きばかりの君の問題性
(そ、そういうことを外でしないでください…!)
(じゃあもう少し警戒心を持ってもらおうか?)
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