「オイコラ全力で聞き耳立てるな気持ち悪い」
「この一大事に聞き耳立てないでいられるか」



人の身長を悠に超える竹でできた壁に男女隔たれた空間。

白い湯気の立ち込めるこの場所、ここは温泉である。

名前が皆で旅行にでも行ってみたいよね、と漏らしたのがすべての元凶であるが実行犯は現在隣の女風呂に全力で聞き耳を立てている神童拓人その人である。
タオル一枚で竹の壁に聞き耳を立てるキャプテンという光景は後輩としては見たくなかった光景だろう。
そんなことにも気付かず、女子風呂の方では今の会話が続いている。
頼む、誰かこの状況を察知してくれ。と思ったがそんなのは旅行中の女子のテンションに一蹴。


「やっぱり旅行といえば恋バナよね!」


聞き耳を立てるつもりのなかった何人かも、壁の向こうから聞こえてきた葵の声にバッと振り返った。
拓人に至ってはその内容に血眼の目を見開いて聞き耳を立てていた。


「名前ちゃんって今までに恋したことあるの?」
『私?』
「そうだよなー!あの神童に付き纏われちゃ名前もそんなことできなかったろ」
「…気になる」


我が妹のことながら年頃の妹の恋の情報なんぞを兄が聞き出せる筈もない。
これは聞くしかいないと聞き耳を立てる拓人。
場合によっては会話の中に出てきた男をどうにかする必要がある。
並んで、聞くのはやめた方がいいと心では思っているのだが欲望に勝てず並んで聞き耳を立てる者も続く。


『恋…私もしたことあるよ?』

「「嘘!?」」

『…私の初恋そんなに意外…?』
「意外っていうか…」
「シン様は大丈夫だったの?」
『お兄ちゃん?』


そう、そこだ。
あのシスコンの目を掻い潜って恋をしていたというのか、というのが最大の疑問であり拓人が聞き耳を立てる最大の理由。
いつ何時か、どこぞの輩が名前を誑かしたという事実があったということ。
知っていれば拓人が変な妨害をしない訳がない。
なのに知られないでここまで来ているとなれば相手の男は随分と幸運なことだ。


「まぁそれは置いといて!誰なの!?私たちの知ってる人!?」
『うんっ』

「「「「「「!!!!」」」」」」


男女編だてられた2つの空間中、この場において何人は息を飲んだだろう。


『だって…』


名前の口から発される名前は誰のものか。
一瞬時間が止まったような感覚に陥って、名前の言葉が紡がれるのを待った。




『私の初恋はお兄ちゃんだもん』




そりゃ知ってるよね、と無邪気に笑う名前。
温泉につけていた足を動かしぱしゃりと温泉に波が立つ。


「…神童先輩?」
『うん』

「あのシスコン……?」
「シン様…?」
『あ、でもあれだよね、お兄ちゃんだから当たり前だけど初恋は実らないって言うし』


名前が言った途端、拓人の頭にスイッチが入った。
ここが温泉だなんて関係ない。
頭の中にこんな壁だなんて最初からなかった。
その様子に気付いた蘭丸が止めに入ろうとするのも虚しく、拓人は叫んでしまった。






「お兄ちゃんと結婚しよう!」




この後、秒速の速さで先輩後輩なんて構わず拓人がフルボッコにされたのは別の話だ。





まさか本当に言うとは思わなかったよ!

(…?なんで葵ちゃん私の耳塞いでるの?)
(気にしちゃだめよ名前)
(茜…お前そのカメラ今動画だろ)
(というか先輩カメラお風呂持ってきていいんですか?)
(防水だから…大丈夫)
(やややそういう問題じゃなくてさ)

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