何度も握った私の拳は、今や女のものとは思えない程ボロボロになっていた。
いや、ボロボロになったのはきっと拳だけじゃない。

絶対に人前には出さないようにしてるけど、きっと私の心と体は既に悲鳴を上げている。
それでもサッカーを続けたいのはサッカーが好きだから。
それなのに、世の中と言うのは酷く残酷だ。

次のフィフスセクターからの指示は2対1の負け。
私達にまたあんな不様なサッカーをしろと言うのか。
自分の気持ちに嘘をついて、サッカーを踏みにじって。

おかしいだなんてわかってるのに従うしかない。

私は無力だと言うことを実感させられる。
なにがサッカーの名門だ。なにがキャプテンだ。
そんな肩書きあって無いようなもの。
でも、確実にその薄っぺらい言葉は私に重くのしかかっていた。


「抱え込むなよ苗字」
『…すいません、三国さん』


先輩達も気を使ってくれてる。

私がしっかりしていないから、私が弱いから。
駄目だ。頼ったら……その優しさに甘えたら駄目だ。



『私は大丈夫です』



気高く振る舞わなければ。
それが雷門サッカー部キャプテンの姿であり、私の姿なのだから。


「馬鹿」
『霧野…?』

「先輩、ちょっと苗字借ります」

『は?ちょ、霧野!』


言葉を紡ぐ暇を与えず、腕を引かれ人通りの少ない校舎裏まで小走りで走る。
あぁ練習の指示出さないでほっぽってきちゃったよもう霧野の馬鹿。



『…何か用?早く戻って次の指示を……』

「そう突っ張るなって。肩の力抜けよ」
『!』



両肩に手を乗せられ、肩を軽く揉みほぐされる。
(随分凝ってるな、なんて言われたけど余計なお世話!)

少し力の抜けた肩、一回大きく深呼吸をした。


『…ふぅっ』

「そーそ。ちゃんと程よくガス抜きしないと、潰れちまうぞ」
『………ごめん』

「一人で溜めるな。俺達もついてるんだから」


『でも…皆には心配かけたくない』



ギュッとまた拳を握り締めた。

悔しいけど、私は弱いから。
皆に心配も迷惑もかけたくない。
こうして弱音を吐くことも…ホントはしたくないのに。



『でも、霧野には言っちゃうんだよね…うん、ごめん』

「…なんで謝るんだよ!なんでもっとちゃんと言わないんだよ!もっと俺達を…俺を頼れよ………!」



不意に感じた温もり。
(私、抱き締められてるんだ)
私は昔からこの温もりを知っている。
そして、どうしても甘んじてしまう。



『だって…私は雷門サッカー部キャプテンで…』

「そんなこと関係ない。俺は幼なじみの苗字名前を心配してるんだ」



霧野の真っすぐな所が私は好きだった。
でも今は突き刺さる真っすぐさが痛い。



「せめて…俺には隠さないでくれ」



心が溶かされていく。

不思議。どうしてこんなにも安心するんだろう。
握っていた拳が解かれていく。

ゆっくりと霧野の背中に腕を回せばもっとキツく抱きしめられた。



『…ついてきてくれる?』

「当たり前だろ」
『………ありがと』



しばらく霧野の腕の中で人知れず泣いた。
霧野はそれを公言するような人じゃないって知ってるから。

大丈夫、霧野が隣にいてくれるなら私はまだ前を向いていけるよ。






俯けた顔を上げて

(ずっと彼女の為に隣を空けているのに気付くのはいつになるだろう)

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