シンドリア王国では謝肉祭という不定期に行われる祭りがあるが、その習慣はいまだにシエルには身に付かなかった。
どちらかというと祭りは決まった時期に定期的に行われるものというイメージが強かった。


「エルさんの世界のお祭りはどんなんだったんだい?」

『私の世界の?』

「お、それ俺も気になる!やっぱり謝肉祭みたいにいっぱい御馳走が出たりすんのか?」
「海洋生物がいないのならそうはならない気が…」
「でもパフォーマンスは必要だろ!」

「しかし王という者がいないのに…誰が祭りを取り仕切るんです?」
「好きに酒を飲めば祭りになるだろう!」
「シエルちゃんのとこって20まで酒駄目じゃなかったっけ?」


それを告げた途端のこの食いつきよう。
やはり異界というのは口に出さなくとも気になるものだったらしい。
自分の世界の祭り、と言われて思い出したのはあの暗い夜道に光り立ち並ぶ夜店に活気溢れる人々だった。
思い出してみると、人が血気盛んになるというのは世界が変わっても共通の様だ。
頭に浮かんだ情景を説明し、大体地域で取り仕切られて行われるのだという旨を伝えればはぁ〜と声にならない歓声を漏らす。
でも大勢の人が楽しんでいることに変わりはない。

だがこちらの世界との違い、異界のものとしてシエルが口に出したのは。


『浴衣…』
「「「「ユカタ?」」」」

『うん。えっとね…煌帝国の着物…って言ったら印象付くかな、あんな感じの服を着るの』

「煌の?」
「あれは随分と動きにくいような印象を受けるが…」

『あ、いえもっと簡易な感じなんです』


煌の着物と浴衣との違いは口では説明し辛い。
同じ着物である相違点、わかってはいても説明するのは難しいものだ。
なかなか伝えたいことが伝わらずうーんと頭を唸らせているとシンドバッドが名案と言わんばかりに手を叩いた。


「なら作ってみればいいじゃないか!」
『…えぇ!?』

「それは名案だわ。元になる着物は私のを1着使ってよくってよ」
『紅玉ちゃんそれ本気で言ってる…!?』
「もちろん。元があればそんなに時間もかからないでしょう?」
『それは…そうだけど……』

「…私も手伝いますよ」
『ジャーファルさんまで……でも手伝ってくれるのは嬉しいです』


これは完全に断れない雰囲気だ。
仕方ないとシエルは紅玉の持つ着物の中から1着紺色の生地の着物を貰い、しばらく部屋に籠ることとなった。

浴衣なんて作ったこともないし完全な見よう見真似である。
大体形となっていたのが唯一の救いだった。
ジャーファルに採寸なども手伝ってもらいながら格闘すること数時間。
浴衣自体はできたものの帯などのものもある。

着付けも1人では困難なためまた紅玉を呼んだ。
いつも女官に手伝ってもらってて知らなかったらどうしようと不安を持っていたがこれくらいできて当然よと言わんばかりに紅玉は着付けをやってのけた。

やはり、少し違うとは言え煌帝国でも着付けはマナーの一環なのだろうか。


「随分印象が変わるものね」
『私既にクタクタなんだけど…これ見せに行かないと駄目かなぁ…』

「当たり前でしょう?あ、私の簪貸すから髪も結いなさいよ」
『え』
「問答無用」


その時王宮にシエルの泣き声がこだましたのは言うまでもない。
こうしてあれよあれよという間にシエルの浴衣姿は完成されていくのだった。







「できましてよ!」

「「「「おー!」」」」


待ってましたと言わんばかりにシエルを引きずってきた紅玉だったが当の本人シエルは扉の陰に隠れて出てこようとはしなかった。
こんな光景何度か見たことある気がする、とデジャヴを感じる。
大抵シエルがこういう状況になると人前には出てこない。
恥ずかしいのは分かるがそう怯むほどでもないのに、と口々に思うのだがシエルの性格上は仕方ないものだろう。


『私浴衣似合わないのに…』
「何言ってるの!?皆様お待ちなんだからホラ!!」

『え、ちょっと…!』



「「「「「「おー!」」」」」」


紅玉に押し出されるように現れたのは深い紺色の浴衣に身を包んだシエル。
そしてすったもんだの末に高い位置で結われた綺麗な銀髪。
いつもは結うことのない髪を結うだけで印象はかなり違う。

そして確かにシエルの身に纏う着物という概念ではあるがその形状はこちらの世界観にはないものだ。


「すごいすごい!エルさん綺麗だね!」
「これが浴衣か〜…」
「煌帝国の着物より涼しげな感じはしますね。シン?」

「…あぁ」


『あー!もう、皆さん褒めても何も出ないですよ…!』


「こんな所で嘘を付いて何になるのよ」
『だって…!』
「ほらほら王!」
『や、ヤムライハさんまでちょっと…!』


女性陣はなぜこんな時に力を発揮するのだろう。
既にヤムライハや紅玉の行動は混乱する頭で処理しきれない。


「その浴衣とやらは一枚生地でできているのか?」
『は、はい…見よう見まねで作ったんで不格好ですが…』

「いや、その……」
『?』


シンドバッドの歯切れがやけに悪い。
その様子に周りは笑いをこらえている中、シエルは首を傾げて続きの言葉を待つ。



「…綺麗だ」

『!』



ボッと赤く染まった2人の顔。
ただし俯いているため互いにそれを視認することはなかった。

―あーあ、涼しげな浴衣だっていうのにお暑いこと

誰もが思ったことなのだが口に出す野暮なものはいなかった。
しばらくシエルはヤムライハと紅玉の事付けで浴衣を着続けたそうな。









熱帯夜に涼しげな音を

(…でもあれって脱がせやすいのよね)
(なに考えてるんですか義姉上)

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