『ヤムライハさん…』
「…ごめんなさいねシエルちゃん」

『ご……ごめんじゃないですよ…!』


あははと苦笑いするヤムライハ、それに向かい合っている…筈のシエル。
しかし現在のこの構図はおかしいのだ。
ヤムライハがシエルの腰よりも下あたりにしか達していない。

それが何を指すのか。
その背後にうごめく小さな影が多数。


『いくらなんでもこんなことって…!』
「起こっちゃったから仕方ないわ」


「シエルー!!」
「エルさんー!」
「シエルちゃーん!」

『嘘ぉおぉぉ!?』


ヤムライハを押しのけてシエルに飛び込んできたのは一回りも二回りも縮んでいる見知った面々だった。
嘘だと信じたかったがシエルの腕の容量を優に超えている彼らを受け止めた衝撃で後ろの棚にぶつけた頭は確実に痛みを感じている。
ヤムライハの言う通り、起こってしまったのだ。


『…シンドバッドさん達が…小さくなったなんて……!』


視線を下げた腕の中でこちらを見ている無垢な瞳と表情は紛れもなくシンドバッドそのもので。
アラジンはただでさえ小さい身体が更に縮んでいる。
シエルの腕に飛び込もうとしたシャルルカンはヤムライハの杖で叩き落されたらしい、床に這いつくばるようにして頭を押さえていた。
なぜ小さくなった体であのサイズの杖が持てたのかは根性なのか女の力なのかわからないが、とにかくシエルはヤムライハから杖を没収する。


『と、とにかく中に』


王宮中に混乱を招きかねないこの状態でシエルはとにかく自分の部屋に小さな行列を招き入れる。
なんとか抱えたシンドバッドとアラジンをベッドに降ろし、いまだに床で悶絶しているシャルルカンを抱きかかえた。


『シャルルカンさん、大丈夫ですか?』
「え………!」
「!」


普段ではありえないであろう、抱え上げたシャルルカンは軽く抑えていた頭をシエルが撫でる。
思ったよりも近い距離にシャルルカンが声を出し損ねたのにシンドバッドは過剰に反応を示した。
滲み出る恨めしい表情と羨望の表情。

それに気付いたこれまた小さいマスルールがシエルの服の裾を引っ張る。
しかし、引っ張ったのはいいがマスルールはなにも言うことを考えていなかった。
どうしました?とシャルルカンを抱きかかえたまま屈んで目線を合わせたシエル。
腕に抱えられたシャルルカンの緩みきった顔が妙に腹立たしい。
シンドバッドの意思を尊重するつもりが自分の苛立ちが先に出てしまった。


「先輩、もう痛くないっすよね」
『あ』

「あー!てめ、マスルール!離せ!」
「…」
「ぶっ」


小さくなっても力は変わっていないらしく、シャルルカンをシエルの腕からひったくってベッドに投げ捨てた。
これも変わらない、といった様子で討論が始まってジャーファルがため息をつく。
サイズが合わなくなったのかジャーファルがいつも被っているクーフィーヤはずり落ちてしまっている。


「………すいませんシエル。私がもっとしっかり止めていれば…」
『いえジャーファルさんは悪くないですよ…ヤムライハさんも悪くはない…ん、ですけど…』


ヤムライハの魔法の暴発の原因でこうなってしまった一同。
唯一それを免れたシエルの元にこうしてやって来た訳だが、状況は一変もしない。

元に戻ることも大事であるが、そんなことより。


「…というか、皆さんお仕事どうするんですか?」

「「「「あ」」」」
『…なんですよね…』


小さいモルジアナの言葉に、次に息をついたのはシエルだった。
いくら数多くの文官がいるとはいえ王宮の重役達が1日何もしないのはマズイ。
椅子に座っても机まで手が届かないだろうしまずペンが持てるのかも怪しい。


「1日ぐらい大丈夫だろう!」
『いやいやいやそうはいきませんって』
「シン?いつもあなたがやっていない分がどれだけ溜まっているとお思いで?」
「スイマセン」

「ジャーファルおにいさんの背後に何かいるよ」
「触れるな俺も見なかったことにするから」



『ヤムライハさん、どれぐらいで元に戻るかわかります?』
「そうね…そんな強力な魔法が暴発したわけじゃないから数時間…か1日ぐらいで戻ると思うわ」

『…なら、元に戻るまで皆さんは私の部屋にいてくださいね』
「見られたらどうなるかわからんしな」



そうは言うがシンドバッドはなぜか楽しそうだった。
こういったところが懐が深いというのか、違うような気もするがどのような状態でも順応してしまうというのが彼の長所の1つであるのは間違いないだろう。



「今頼れるのはシエルしかいませんから…」

「わーいエルさんー!」
『わっ……』



飛び込んできたアラジンを受け止め、その緩んだ表情を見て思わずこちら側の表情も緩む。
今こうやって遊んでたら後で仕事が恐ろしいことになるなぁと思いつつも子供は可愛い。

意味はないとわかりつつもそれに罪はないと言い聞かせアラジンを抱きしめ返してしまうのだった。





シンドリア魔力暴発事件簿1

(アラジン…!狡いぞ!)
(王サマってば小さくなってまで何してんですか…)
(先輩も人の事言えませんけど)
(いつも通りよね)

(全く……見逃すのは今日一日だけですからね…)

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