シエル殿に惹かれたのはあの夢を見たからだった。
それには変わりなかったが、実際にシエル殿を見て胸の中にあったシエル殿の存在は更に大きくなっていった。

シンドバッド殿を庇い義姉上と剣を交え、
加えて血を流さずあの場を収めた器量。

しかし、シンドバッド殿に対する思いは見ていても明確で、故に虚ろになる彼女に俺は親近感を感じたのかもしれない。

強くなろうとしても強く慣れきれない、そんな俺と。
グッと握った拳は虚勢を張っているようにしか見えない。
どうしようもなく惹かれてしまった。
だから俺はあの時港で声をかけてしまったのかもしれない。



―「話の続きがしたければ、君はもっと学びなさい」



シンドバッド殿はああ言ったが、俺にはあまり時間がないのだ。
マギであるアラジン殿、バルバッドの王子アリババ殿、ウリエルの主…シエル殿。
確かに俺はまだ未熟で、まだまだ俺の頭なんかに収まりきらないような出来事がある筈だ。

既に彼らの元に付き共に行動して学ぶことは義姉上には伝えてある。
あの義姉上の事だ、きっとシエル殿まで巻き込んでくるだろうと俺は思っていた。
義姉上の天邪鬼な性格を理解した上で友人として付き合ってくれる者なんて今までいなかったのだから。
それ以前に、表では気丈に振る舞っている義姉上が天邪鬼であるという事に気付いたことに驚いたぐらいだ。

シエル殿には人を魅せる何かが、惹きつけられる何かがあった。
それこそ、向けられた笑顔に一瞬何をしに留学に来たのかも忘れる程に。


コンコン


「!」
『あの、白龍さん。シエルです』

「シエル殿?」


まだ予定とされていた夕餉の時間ではない、筈。
扉を開けると手持ち不沙汰なシエルがそこには立っていた。
廊下ではなんだと部屋に招き入れ、先程まで自分が座っていた椅子を譲る。


『すいません、仕事中なのであまり時間はないのですが…これだけは言っておきたくて』
「仕事中に?後でもよかったのでは…」

『いえ、先延ばしにしたらきっと言えなくなります』


俺ももう1つの椅子に座り、シエル殿と視線を交える。
澄んだ紫色の瞳。
その瞳に俺はどう映っているのだろうか。


『白龍さんの…先程の煌帝国のお話ですが』
「……はい」


シエル殿が膝の上で両の拳を握ったのが見えた。





『私は、協力はできません』




交わった瞳に映ったのは、やっぱり表の皮を被った俺で。


『何を思って白龍さんが煌帝国を滅ぼそうとしているか…聞きはしませんが私はやはり何があろうとも国を滅ぼすのが得策とは思えません。
だから…この力をそんな理由では奮えません』


シエル殿が右腕に光る金属器に左手が触れる。

その金属器に宿るであろうウリエル。
彼女に宿ったその力を、確かに俺は求めていた。
しかし、俺は予感していた。



「…なんとなく、シエル殿はそういうのではないかと思っていました」
『え…?』

「貴方の事だ。そうと決めたならシンドバッド殿や他の方々に何を言われてもそうはしないでしょう」

『…はい』



シエル殿という人物なのではないかと、この短期間で悟れるような。シエル殿はそんな人物だった。
それはシエル殿の心の芯がしっかりしているからだろう。



『ですが、白龍さんのその思いをすべて否定するわけでもありません』
「?それはどういう…?」


『白龍さんが軽い思いで国を滅ぼすだなんて考えをするだなんて思えないんです。
全ては何かの信念があってのことで、その答えに至ったんだと思います。

だから白龍さんの考えも信念も否定はしない。それだけ…知っておいてください』



席を立って、俺に笑いかけたシエル殿が。
掛けた言葉になぜか、どこか救われたような気がした。

俺が間違っていないと、このままでもいいのだと言われたような気がして。

失礼しますと出て行ったシエル殿の背中を見つめ、やはりあの人はウリエルが宿るべき人だったのだと、そう思った。
しばらく俺はあの3人の、そしてシエル殿の元で学ぼうではないか。


知るべきことはきっと、学べるような気がする。







湿気に陰る瞳に優しさを

(触れたことのない、温もりを)

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