こっちの世界に来て、こっちの世界の人達に触れて、"自分でも救える何か"を助けたいという気持ちが強くなった。
小さな心境の変化。そして今、目の前にある光景も例外ではなく。


『…どうしよう…』


小さな子猫がみぃみぃと鳴き声をあげている。
視線の先は大きな木。
恐らく下りられなくなってしまったのだろう。太めの枝に小さな体で必死にしがみついていた。
でもあのままだときっと時間の問題だろう。
周りには自分以外誰もいないし迷ってる暇はない、意を決してシエルは木へと手を伸ばした。
木登りなんかしたことはないけど、生い茂る芯の強い枝に捕まり、足をかけ、上を目指す。
何回か足を滑らせたり手に木のささくれが刺さったりと大変だったけど目の前の命の方が大切。
もうちょっとで子猫にたどり着く。太めの枝の足場を見つける。


『ほら、もう大丈夫。怖くないよ…こっちおいで』


手を伸ばして、でもなかなか動かない子猫に声をかけ続け、少しずつ近付いて来た子猫を腕に抱けば子猫はまたみぃと鳴いた。
ホッと胸を撫で下ろし、次は下まで下りなきゃと思い下を向く。
『……っえ、高…』


ただでさえ狭い足場で思わず一歩引いてしまいそうになってしまった。
登っている時には気付かない、木登りの落とし穴である。
地面との距離は思ったより遠い。
飛び降りることなんか勿論不可能であるし、来た道を戻るにも今度は子猫がいる。
つまりは安全に下りれる保障はどちらにもない訳だ。

シエルの不安に煽られたのか腕の中で子猫が身じろいだ。
そっと頭を撫でながら大丈夫、大丈夫と自分にも子猫にも言い聞かせる。
最悪誰かが探しに来てくれるだろうとこの場に留まることを決め、それまでどうしようという思考へ変更。



「…シエル」

『へっ?あっ、マスルールさん!』
「どうした、こんな所で」


見下げた先には赤い巨漢。
マスルールがシエルを見上げているのは光景としては面白いが状況は全くと言っていい程に面白くない。


『えっと…それがお恥ずかしながらこの子を助けてたら…その』
「…下りられなくなったと」
『………はい…』


木登りをしてて下りられなくなったなんて子供じゃないんだから、とシエルは恥ずかしくなった。


「…じっとしてろ」
『え?っきゃあ!』

「……悪い。揺らしたか」


急に足場が大きく揺れ、慌てて子猫を抱えなおした。
何が起こったか、確認すればマスルールが木を飛ぶように登って来ていていたのだ。
悲鳴に気付いたマスルールが一旦手を止め上を見上げる。

『だ、大丈夫です…』

ただしビックリはしたが。
そこから先はあまり木を揺らさないようにしてくれたようであまり足場の木が揺れることはなかった。
手も足も頑丈で長いマスルールが木を登るのはあっという間で。
今シエルが足場にしている太い枝にマスルールが乗れば確実に枝は折れるだろう。
なのでシエルの元に辿り着いたマスルールは幹に掴まったままシエルに手を伸ばす。


「…いけるか?」
『え?…あ……』


差し出された手。
マスルールが心配したのはその手を掴めるかどうかということ。
多分この手を取らなくてもマスルールはシエルがここから降りれるようにはしてくれるだろう。
ただ、わざわざここまで登ってきてくれたマスルールは、と息を飲んだ。


「!…」
『大丈夫……です』
「…わかった。…掴まってろ」

『掴まる?……きゃあぁぁあぁぁ!!!』


子猫を抱えているのと反対の手を重ね、告げられた瞬間にマスルールの肩に座らされるような形で抱えられ、シエルは必死に子猫を落とさぬように必死になりながらも恐怖からかマスルールの首元にしがみついた。
地面に着地する大きな音が響いて、体に軽い衝撃が走る。
抱えられた状態でも結構な衝撃だったのだからマスルールはどれだけの衝撃を受けたのだろうか。それは彼にしかわからない。
ゆっくりと地面に足を下ろされ、腕の中の子猫の安否を確認する。
にゃぁ、と鳴いた子猫。どうやら大丈夫のようだ。


『よかった…』
「…よかったな」

『はい。マスルールさん、ありがとうございました』


猫を腕の中から解放しマスルールに頭を下げる。
すると少し間をおいて、マスルールの手が控えめにシエルの頭を撫でた。
なんとなくそうなるのではないかと身構えていたので驚くことはなかった、ある意味驚いたのはが予想以上に大きい手。
頭を掴まれそうな勢いで、でも控えめに撫でられるのは嫌な気分ではなかった。


『マスルールさん…?』
「…俺からしたら…シエルの方が子猫みたいで、危なっかしい」


猫を助けた代償にボロボロになってしまったシエルを見てマスルールが呟く。
助けようとして助けられてるんじゃ世話ないなぁとシエルは口を噤んだ。



「まぁ…そんな健気なところが…皆好きなんだろうけど」



頭から手を放し、今度はその大きな手に手を引かれ、シエルは怪我の治療の為にジャーファルの元へ連れて行かれるのだった。





言わずに語る無雑の曲

(…シエル!どうしたんだその手は!)
(私が治療しますからシンは仕事してください)
(っス)
(…なんでマスルールが…?)
(彼がシエルを連れてきたんですよ)
(まさか…マスルールお前ぇえぇぇ!!)
(ち、違いますよシンドバット様!?)

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