―さっきのは聞かなかったことにしよう
直感的に先程の出来事をシエルは記憶の奥底に仕舞おうとしたがあまりの衝撃にその記憶の容量を越してしまった。

忘れるどころか、むしろ記憶の一番前に出張ってきてしまう。


『(私は結局…シンドリアの事しか知らないんだ)』


他国の事なんて本の中でしか知らない。
なんとなく気付かされたような気がした。

まだまだ自分が学ばなければいけないことは多い。
国交も外交も、知っているようで何も知らないでいるんだって、白龍を介して思い知らされた。
自分がいた世界にだってなんの興味もなかったのに、どうしてこんなに一生懸命なんだろう。

多分それは自分がこの世界を好きだと思ったから。

答えは簡単なのにその答えには重みがある。
好きな"世界"。
自分が生まれたという世界という抗うことのできない運命に背いた。
変えようのない事実を今更変える気などないがシエルは背筋に何か冷たいものを感じた。


今は考えるのはやめよう。
頬を軽く叩いて首をぶんぶんと振った。

ここを曲がればアラジンたちのいる部屋だ。
あんまり無駄なことを考えてたら誰かに悟られてしまうかもしれない。
曲がり角の直前、人影がこっちに歩いて来るのが見えて、一度足を止めた。

探し人はあちらから現れてくれたようだ。


『アラジンくん!それにアリババくんも…』

「あ、エルさん!」
「おーお疲れさんシエル。皇子と姫様の案内だったって?」
『う、うん。あ、そうだアラジンくん、さっき私を探してたってヤムライハさんに聞いたんだけど…』

「そうなんだ!歩きながらでもいいかい?」
『いいよ』


どうやら2人が行く道はシエルが来た道の方面らしい。


「2人はどんな人だった?」
「というかシエルあの姫様と何もなかったのかよ…?」
『なんで紅玉ちゃんと私の事気にするのかな…?特に何もなかったしいい人だったよ』

「「嘘ぉ」」

『(あんな荒んだ目のアラジンくん見たことない)』


一体バルバッドの時にどれだけ煌帝国に対する嫌な思いを植え付けられたのだろうか。
アリババならまだしもあのアラジンが女性に対しここまで嫌悪感を持つのが考えられなかった。


「シエルこの後仕事なんだろ?」
『うん』

「モルさんが町工場から帰ってくると思うから見かけたら言っといてくれねーか?」
『あ!眷属器!』
「そうだよ!モルさんの眷属器楽しみだよね」


モルジアナも力を付けるための一歩をまた進んだようだ。
前から眷属器を工場で加工してもらっているとは聞いていたが、いざこうして出来上がったとなるとモルジアナを羨ましく思った。

強くなるための目標が明確で、目指すところをしっかり見据えている。
自分も力を付けるざっくりとした目標はある。
やっぱりもっと目指すべきものは明確にした方がいいのだろうか。

シエルはずっと悩み続けている。



『あ、ごめんね給仕の手伝いしないとだからここで』
「おう!」



白龍の部屋からいくつか手前の曲がり角の前で2手にわかれた3人。



『(…あれ?)』


別れた後に気付いた。

―アラジンの言いたいことってなんだったんだろう?
最近こうして話の内容を聞き忘れることが多い気がする。

しかしまた聞ける機会はあるだろうと、シエルはモルジアナの気配を探りつつ給仕場に向かった。






過去呼びの花片

(考えるべきことは沢山あるのです)

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