突如舞い降りた1人の少女。
突然にとある空間に人が現れる、という現象を彼らは1つ知っていた。
考えられる要因は迷宮を攻略をした者が迷宮から出た時。
…なのだがこの少女からはそのような雰囲気も感じられない。


『…ん』
「!」


横たわった少女の瞳がゆっくりと開かれる。
アメジストのような紫色の瞳。

ザッとジャーファルとマスルールはシンドバッドの前へと立ちはだかった。
刺客だという可能性が拭いきれない以上は警戒が必要だ。

辺りのルフがざわめく。


『…私……?』


少女もよく状況が理解できていないのであろう。
まだ完全に目も開かれていない、そんな虚ろな表情で顔を上げる少女。
辺りの様子にはまだ気付いていないのか自分の手を見たりそれを開いたり閉じたり、まるで自分が動いていることに疑問を感じているような動作だった。


「…キミは…?」
『え?……っぁ…!?』


誰もが声を出すことに躊躇し、シンドバッドの沈黙を破った声に一瞬にして少女の表情が一変する。

その顔に浮かぶのは恐怖。
ガタガタと体を震わせ身が後ろに引いていくが、壁に背が付くのはすぐの話だった。
身を精一杯縮めて何かを祈るように指を組み、6人を見上げる。

誰かを暗殺に来たような殺気等のものはこれと言っていいほど感じない。
むしろ感じるのは狼の群れに放り込まれた子羊のような弱弱しさ。
シンドバッドが一歩、前に立つ2人の間から足を踏み出す。


「シン!」
「いい、大丈夫だ。それより殺気を収めろジャーファル。怯えているだろう」
「…」


シンドバッドが刺客になどやられないことはわかっている。
何しろジャーファルもその1人だったのだから。
そしてその刺客すらも自分の懐に収めてしまうシンドバッドの器量も。

この程度の殺気にあてられているような者にシンドバッドは殺せない。
そうして最低限警戒をしつつもジャーファルは垂れ流しにしていた殺気を抑えた。


「まずは落ち着いてくれ。俺たちは君の敵じゃない」

『……ここ、は……どこですか…?』
「ここはシンドリア王国。そして俺はシンドバッド、この国の王だ」

『シンドリア…?王…?』


震えた体で頭を抱え、少女はシンドバッドの言葉を復唱する。
しかしその疑問は全く晴れることはなく、余計に混乱を招くばかりだった。

長く伸ばされた髪に少女の指が通り"嘘"、"だって""なんで"と歯切れの悪い言葉を紡ぐ。
何が嘘なのか、状況を掴みきれない周りにも本人にもその意味は分からなかったが勝手に言葉は漏れていたらしい。


「キミの名前は?」
『…シエル……」
「ファミリーネームは?」
『ファミリーネームは…ない、と、思います』
「ない?」


質問の回答が疑問を呼び、スパイラルにはまる。
訳が分からない状況にはあるものの言葉遣いは丁寧だ。
話の通じない人間ではないということはわかった以上ここに来た経緯を聞くことが最重要課題だろう。



「おねいさんは"マギ"なのかい?」
「「「!」」」

『マギ…?』

「おねいさんの周りの凄く綺麗なやつはルフって言って、そのルフを操ることに長けた人を"マギ"って言うんだ」
『ルフ…この、蝶々みたいなやつ…?』
「うん」



アラジンも少女―シエルに一歩近付き、一番に聞きたかったことを聞く。
返答のから見るとどうやら彼女はマギ以前にルフとい言葉すら知らない様だった。

マギではない、ルフの存在も知らない。

ならばシエルはどこから来たのか。
誰もその問いの答えに辿り着くことはできなかった。



「とにかく…もう少し詳しく話を…」



シンドバッドがシエルに手を伸ばし、その手が肩に触れた瞬間。


『いっ……嫌っ…!』


パシンと小さな音を立ててシンドバッドの手が弾かれる。
即座に後ろでジャーファルが眷属器を構えたがシンドバットは片手でそれを制した。
輪をかけてシエルの体の震えが増し、微かに歯を鳴らす音も聞こえる。


「おねいさんおねいさん、大丈夫だよ。僕たちはおねいさんをいじめたりなんかしない」
『キミ…は…?』



「僕はアラジン。今はきっと疲れているだろうからゆっくりお休み、シエルおねいさん」




アラジンが笑い、もう一度一際ルフが輝くとシエルは気を失った。

地面にドサリと倒れこんだシエル。
シンとした無音の空間。

―いったい何だったんだ。
口を挟むこともできなかった面々が唖然とした表情でアラジンを見つめる。
唯一この状況を一番理解しているのはアラジンだろう。

全員がアラジンの方を向き、アラジンはシエルを見据えている。



「ルフが教えてくれたんだ。このおねいさんは……違う世界の住人だって」






月夜に訪れた奇想曲

(違う世界…?)
(うん。これもまた…ルフの導きだよ)

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