「ほら見ろ!俺は何もやってねーだろ!!?」



シンドバッドの怒声という名のなんとも自分を棚に上げた叫びがこだまする。
慌てて頭を下げるジャーファル達だったが、今までの前科は嘘ではない。
その点では信用がないシンドバッドが悪いのだが今回だけはシンドバッドの言い分が合っていたため、といった感じだ。


ヤムライハの魔法が見せた事実、あの夜シンドバッドは何もしていなかった。


酒宴の後、シャルルカンとスパルトスと共に宛がわれた寝室に行き眠っていただけである。
紅玉も確かに言い分通りに廊下で何者かに気絶させられ、シンドバッドの寝室に運ばれていた。
しかし2人が朝まで目を覚ますことはなく、紅玉の純潔は失われておらず誤解という形で発覚する。

ジャーファル達を叱り倒すシンドバッドを見てホッとして思わず肩をなで下ろす。


「シエル!」
『きゃっ…!?』


ホッとしていたところにシンドバッドはシエルに飛びついた。
突然の抱擁に思わず腕を突っ撥ねたかったもののシンドバッドの腕の力に勝てるはずもない。
何もしてないぞ、と何度かシエルに言い、改めて公言にし行くのであろうシンドバッドはシエルを解放し紅玉の元に歩いて行った。

今の一連の流れはなんだったのか、と思いながらも高揚する顔が恨めしい。
よかったわねとヤムライハに肩に手を置かれ、シエルはもう一度息をつく。


『よかったです………ホントに…』


心から嬉しそうに笑うシエルにヤムライハも笑みを零す。
しかし不謹慎だ、とハッとして首をぶんぶんと振って、自分の頬を思いっきり叩いた。


「…何してんだシエル?」
『え、いや、その……気合を入れ直そうと』

「?」

「女にはいろいろあるのよアリババくん」


アリババに首を傾げられたが行動の意味を知るのは自分だけでいい。
キッと表情を引き締めてシンドバッドを見やる。
紅玉に向き直った彼の冤罪は証明され、2国間に蟠りは消えたはずだ。



「ご覧の通り、私たちには何もなかった。あなたの身も名誉も何一つ傷付いてはいないのです」



ヤムライハが示した事実には何もなかった。
紅玉もまだ同様をしながらも納得をしようとしていた時、煌帝国から異議を唱える声。


「騙されてはなりません!」

「夏黄文!」
「そんな他国の怪しい魔法、証明になどなりません。なぜなら彼女はシンドバッド王の家臣!王を庇うように事を進めたのかもしれません…」


そんなことしてないわよ、とヤムライハ。
確かに真実の水人形劇(シラャール・ラケーサ)はシンドリアの八人将であるヤムライハの魔術だ。
その事実性を疑うのは他国としては当然だろう。
しかしシエルは知っている。
一度あの術を目の当たりにし、見事に事実を示し当ててしまったあの術に偽りようがないということを。

魔法に偽りがあるのか否か、それを周囲から推察することはできないがヤムライハはそんなことは絶対にしない。
それこそ、彼女が極めるべく魔法道に反してしまっている。
紅玉の身を案じているのは分かるが、それにしてはやけにシンドバッドに責任を取らせて婚約をさせようとしている気がしてならなかった。


『…あの方…夏黄文様、妙に突っかかって気がするんですけど…』
「私もそう思います…姫に対する忠義にしてはどこか不自然です」
『…ですよね』


ジャーファルとの会話の中、シエルは1つの答えを導き出そうとしていた。
でもそんな筈ないか、と自分の頭の中では答えを黒く塗りつぶす。


「罪を認めなさい、シンドバッド王よ…「もうやめて夏黄文」


夏黄文を止めたのは主でもある紅玉だった。


「その魔法はきっと正しいわ。本当は自分でもおかしいと思っていたの…」


自分の衣服も髪も全く乱れておらず、訳が分からなくなり女官のもとへ駈け込んでしまった紅玉。
恥ずかしくて言い出せなかったと謝罪した紅玉だったのだがそれは女性としては当たり前だろう。
加えて自分は姫という身分。
そうそう他国の王に手を出されたかもしれないなどと言える筈がない。


「ごめんなさい………それに、無関係の貴方にまで…」
『紅玉様…』


一度顔を見合わせて、シエルに頭を下げる紅玉。
そして顔を赤く染めて再度泣き出してしまった。
泣き出す姫を慰める家臣たち。
その光景は酷くいたたまれず、何もなかったとはいえ複雑な心境になった。

シエルもどうしても他人事とは思えず紅玉に駆け寄る。
同じ女として、シンドバッドに思いを抱く者として。


「しかしよ、てことは姫様を気絶させて王サマの横に寝かせた犯人は別にいるってことだろ!?」

「おかげで危うく戦争になりかねなかったわ。そんな悪質なこと……いったい誰が………?」


紅玉の目元を優しく服の裾でなぞり跡が残らないようにして涙を拭っていく。
しかし紅玉の瞳から涙が止まることはなく。




「姫君!丸め込まれてはなりません!シンドバッド王に責任とって……結婚していただくのであります!」




この期に及んでまだ言うか、と正直思ったシエルの目尻がキッと吊り上る。

しかし次の瞬間




「「スミマセン全部夏黄文さんがやりました」」
「えっ!?」



『……は?』



一度黒く塗り潰した最悪の考えが再び頭に過る。
そして目を見開いて紅玉を包んでいた腕から力が抜けた。




「えぇっ!?バカかお前ら!!出世したくないのか!!?」




姫をこれだけ悲しませておいて……出世…?



ブチィ



シエルの頭の隅で何かが切れる音がした。


「シンドバッド王を陥れた反逆者を取り押さえろ!」

「ちっ、ここで捕まるわけにはいかん!」


港に構えていたシンドリアの武官たちが武器を構え首謀であろう夏黄文とその部下に向けられた切っ先。
捕まるわけにはいかないと構えた己の武器は抵抗の意を示している。
夏黄文の部下たちには抵抗の意はなく怯えていたが、夏黄文自身は光る眷属器を構えていた。


「なっ…!?」
「「なにっ…!?」」


次の瞬間パン、と音を立てて夏黄文の金属器と武官たちの槍が手から弾け飛びカランと音を立てる。
何事だと目を見開いた一同の視線の先には弓を構えたシエル。

勿論実際に手に矢を放つことはなく、的確に武器だけを打ち落としていた。
紅玉も驚きからか涙を止め成り行きを見守っている。
己が止めに入ろうとしていた白龍ですらも唖然とし、シンドリア一行も目を見開いていた。

シエルの顔はは無表情。

パッと見であれば怒っているように見えなくもないが怒っていないとも見える。
唖然としている夏黄文にツカツカと歩み寄り、シエルは魔装を解いて一礼した。


『夏黄文様』



「…?」

『先に申し上げます。シンドバッド様の臣下としてあるまじきご無礼をお許し下さい』
「え」





パアァァァン






聞いているだけで痛くなるような音が港に響き渡り、数メートルぶっ飛ばされた先の夏黄文の頬に赤い紅葉が咲いた。





『…己が地位のために敬愛すべき紅玉様の御心を弄ぶとは…家臣にあるまじき行為。
シンドバッドさまの一部下としてではなく、私自身から申させていただきます。

夏黄文様…家臣の風上にも置けません。聞いて呆れてしまいますね』





ニッコリと、今までで見たことがないような笑顔で。



『さぁ、私においてはなんなりとご処分下さって構いませんのでどうぞご自由にどうぞ』



普段怒らない人間を怒らせると怖い。
触らぬシエルに祟りなし。

煌帝国の面々も思わずゾッと背筋に冷たいものを感じ、シエルを絶対にシエルを怒らせないようにしようとこの場で決心した人間は多々いたとか。








微笑は水性の目撃者



(シエル……?)
(なんですシンドバッドさん?)

(((……怖い!)))

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